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二十一話

東京府大手町には勇が勤務する内務省が建っている。

討伐課の執務室には今日も七人が残業していた。

勇の執務机には問い合わせの書類で散らかりつつある。

そのほとんどが投書(とうしょ)なので、一応、ひと通り報告したら無視しても良いことになっているが、とんでもない量だ。今まで片付けをサボっていたツケが回ってきたのだろうか。

坂田もうんざりした表情で、ぞんざいに書類を投げ出した。

「あー…書類業務終わんねー…」

「飲みに行こうぜ」

「良いね〜!じゃ、双六で負けた人の奢りで」

など他愛ない話をしていると、すれ違いさま井上は「柚さんのことを狙っているのは大山くんだけではなく、僕も同じですよ」と勇に聞こえるくらいの微量な声量で言った。

「なっ…!!」

突然のライバル宣言に固まる勇。それを見ながら何食わぬ顔でチョコレヱトを手に取る井上。そしてそのチョコレヱトは吸い込まれるように消えていく。

同僚達はというと、固まってビクともしない勇を鉛筆でつついたり、絵に残したりして揶揄(からか)う。

「井上ー!何か知ってるー?」

「さぁ、どうでしょう?」

「絶対知ってるやつだ…」

そんな会話が繰り広げられるなか、勇の頭は井上が言った言葉で埋め尽くされていた。

(え、昴も狙っている…?嘘だろ、どうしよう!?)

などと慌てている。

新しい物に人一倍、興味関心を示す井上のことだから、彼女に対してより一層の興味を抱くに違いない。

それは勇にとって、あまり愉快と言えない展開だ。

何より井上は何をしても完璧だった。副業は実業家や投資家らしく、商談の進め方が上手い。それに加えて紐育(ニューヨーク)に留学もしていたらしい。非の打ち所がないというのは彼のことを指すのだろうか?

だが、相手が井上昴だからという訳ではない。恐らく誰が相手でもだ。颯介が酔って柚を口説いた時にも同じような心持ちになった。

胸の引っかかりから目を逸らすように、今日の新聞に目を通す。

面白そうな記事は見付けられなかったが、気になる見出しを見付けた。

『帝國ホテルデ盗難騒ギカ』

帝國ホテルといえばあの、日本屈指(くっし)の高級ホテルだ。そのような場所で窃盗など、どうかしている。

そして文章には『犯人ハ、死ニカエリダト睨ンデオリ―――』など、意味が分からない文章が並んでいる。死ニカエリは確かに人を襲う。だが、窃盗など今まで前例がなかった。何故なら死ニカエリは生者の体を求めるのであって、金銭など盗っても何の意味もない。

「おーい、勇。どしたー?」

「立花、この記事を見てみろよ」

声をかけてきた颯介に新聞を渡す。

「えっと、死ニカエリが窃盗…?そんな訳ないじゃん」

「だよなー」

「死ニカエリ関連の事件は俺達のとこに全て伝わるけど、窃盗する死ニカエリなんて一度も聞いたことないもん」

「まぁ、みんなに聞いてみた方が早いよなー!」

みんなに聞いた結果、その事件を受け持っていたのは虎太郎だった。

「本当に死ニカエリが(おこな)っているのかすら怪しいのだが…」

「もしくは死ニカエリのふりをして犯行に及んだかもしれませんね」

視える視えないは別として、人は正体の分からないモノを怖がる。例えそれが死ニカエリのふりをした人間でも、目撃者からすれば偽物か本物かなんて区別つかない。

「昴の言うことも視野に入れて調査しないとな…」

「頑張れ、虎」

「おー、労いは帝國ホテルのダイニングレストランの奢りが良い」

「こんな大人数で押しかけたら迷惑だ」

「いえ、貸し切りにするという手もありますよ?」

「貸し切り!?」

あの帝國ホテルのレストランを貸し切るなんて、井上の財力はどうなっているんだ…?と、勇は心の中で呟いた。

「流石、千圓を大した事ないと言える男」

「しかも実家からは仕送り一切してもらってないんだろー?」

「努力の天才…」

「あ、貸し切るなら柚さんも一緒が良いですね」

「おっ、良いねー!人数は多い方が良いからねー!」

「渉、また酔い潰れんなよ?」

「はぁ?酔ってないし」

「いや、酔ってたよ。あれは傑作だったなぁ」

「介抱する身にもなれ」

「何でおれ、こんなに責められないといけない訳?」

結局、帝國ホテルのラウンジ貸し切り話は捜査中である置屋の死ニカエリと帝國ホテルの窃盗騒ぎが片付いてから行くことになった。


「飲みに行こう!」

唐突にそんなことを言い出した上司を咲真が睨みつける。

「何を言っているんですか」

しかしそんな咲真の冷たい視線など気にせず、上司は話し出す。

「ほら、数日前に解決した女学生に呪いを配り歩く変態野郎事件の慰労(いろう)会だよ」

数日前、十代の女学生ばかり狙う変質者がいるとの情報が入り、そこからブチギレた上司が犯罪者組織を蹂躙(じゅうりん)していたのを見ているだけだったとはいえ、あれは疲れた。

家族が絡むと、本気で潰しにかかってくるのだ。

また、危険な任務などは上司が()け負ってくれるので、勇達に回ってくるのは比較的安全な奴なのだが…。

おまけに面倒見も良いので、信頼も厚い。

「あぁ、やけに上司が気合い入ってた…」

「被害者に上司の娘さんも含まれていたそうですよ」

「納得」

「僕達が止めなかったら首が物理的に飛んでたな。あの犯人」

「やだな〜、府民の命と家族の命を優先して考えた結果だよ。それに子供が被害に遭いかけたと知ったら、潰したくもなるでしょ?」

皆の目線は田中の方へ向く。

「何でおれの方を見るんだよ…」

「田中の子供って何人だっけ」

「二人」

「上司の子供は?」

「四男三女の七人だよ」

「三女の千代(ちよ)さんは、女学生でしたよね」

「そう。まだ十五歳だよ」

「女学生ですか。学校でどんな感じなんです?」

勇がなんとなく聞いてみると、上司は待ってましたとばかりに顔をほころばせた。

「それがねぇ、成績はそこそこなんだけど、料理が得意でね。紫乃(しの)さんに似たのかなぁ。可愛いんだよ」

紫乃さんというのは、奥さんのことだろう。

「また始まった…」

咲真が呆れ声を上げる。

そう。この上司は子供と奥さんを目に入れても痛くない程、溺愛しているのだ。

「この前なんか、『お父さんのお弁当には梅干しを入れた方が良いよ』なんて言ってくれてねぇ。体のことを気遣ってくれるなんて、本当に良い子で」

「いや、ただの一般的な健康知識では」

「早く子離れ出来ると良いですね」

文久(ぶんきゅう)生まれのおっさんが子離れ出来ていないのはそれはそれで問題なんじゃ…」

そもそも娘のお見合いを全て拒否ってる上司が子離れ出来る訳ない。

「娘達が可愛くて」

「うわぁー…」

なんやかんや言いながら書類を片付け、上司を先頭に向かうのは行きつけの飲み屋だ。

飲み屋『磯辺(いそべ)』は内務省から徒歩十分以内にある居酒屋で、よく内務省の役人も利用している。店自体は小さく、内装も古い感じであまり綺麗とは言えないが、だからこそ仕事帰りの男性陣のたまり場のようになっていた。

大将も気のいい人で、討伐課で飲みと言えば大体この店になる。

空いていた席に座り、慰労会が始まった。

まず、お通しが出される。次に焼酎や清酒、それから各々が注文した季節の野菜を使った煮物や、焼いた肉料理が運ばれる。

そしてそれらの器が空になる頃には、各々好きなように話し出していた。

「それより、田中の子供って何歳?俺、会ったことないんだけどー」

「上の子は今年で小学校に上がった。下の子は…やっと三つになった」

「それは、おめでとうございます」

「上の子…文也(ふみや)って名前なんだが、輪回しが得意なんだ」

輪回しは、最近子供達の間で流行っている竹や金属の大きな輪に棒をあてがって、転がしながら走り回る遊びだ。銀座みたいに道は舗装されていないので鉄の方が長いこと上手に回すことが出来るが、金属の輪は値段が高い。よく学校から帰ってきた子供達が友達と一緒に川遊びや輪回しをしているのをよく見かける。

微笑ましい光景だ。

「へ〜、俺が小学生の時は水切りか花探しが流行したのにー」

「花探し?」

颯介の口から出てきたのは、初めて聞いた遊び名だ。

「二人いれば出来るよ!まず、鬼役が目を瞑って待っている。その間に他の人が道や畑に咲いている花をむしってくる。そして地面に(さかずき)程の小さな穴を掘り、その中にとってきた花びらを数枚入れる。それから穴にガラスの破片で蓋をし、上に砂を被せる」

「それだけ?」

「で、目を瞑っていた鬼が、先程埋めた花を探すんだ〜!」

それから他の人の思い出話などを(さかな)にしていたら、初めの空気は何処へやら、会話も予想外に白熱してきていた。

「だいたいさ〜、田中はずるいんだよ〜」

「何が?」

「俺も結婚したい〜。可愛い奥さんほしい〜」

「俺は平和に絵が描けるなら別に良い…」

「とか言って〜、理想の奥さん像は〜?」

「一緒に芸術活動をしてくれる人」

答えるまで一秒もかからなかった。

「健一らしいな」

咲真が横目で見ながら呟く。

いつの間にか慰労会が好きな女性の話になってきている。

「僕も結婚はまだ先で良い」

「虎もかよ〜」

「僕は考えていますけどね」

ちらっと勇の方を見る井上。

(やっぱり昴も狙ってるよな…聞き間違いであってほしかった)

「全然想像出来ないから聞くんだけどね、入谷君は考えたことないの?」

「ないですね」

「即答…」

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