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十七話

雨が激しく降るなか、鬱蒼とした森を歩いていると、たまが激しく威嚇した。

「たま?」

柚が聞いても勿論、言葉など通じる訳もなく、毛を逆立てて何処かに向けて威嚇している。

不思議に思いながらも森を出ると、俥に乗り込み、朧げながら道筋を伝えて、大山邸に辿り着いた。

傘を傘置きに置き、編み上げブーツを脱いで玄関の小上がりを踏むと、サンルームからパタパタと駆けてくる音が聞こえた。

「柚ちゃん!大丈夫だった!?」

やって来たのは勇だった。

紺色の着物を身にまとい、からし色で菊草模様の羽織を着用している。制服姿とも書生姿ともまた違った(いき)な装いに、柚は思わず目を奪われる。

「えっと、雨に降られて…」

「良かった~…柚ちゃんにもしものことがあったら…俺、俺…」

ぎゅむ。

抱きしめられているという事実を認識するまで数秒の時間を要した。勇の突発的な行動に抱き上げていたたまはするりと柚の腕の中から抜け、じっと二人を見ているような気がする。

「まぁ、勇さん!一体何しているのです!」

続いてサンルームからパタパタとやって来たのは上品な紫色の着物を着た中年女性だった。

そういえば来客があると言っていた気がした。それは良いとしても、この突然の抱擁(ほうよう)は絶対に客人の前で披露するべき行動ではないと思うのだが…。

「母さん、見て分かりませんか?この子を抱きしめているんですよ」

しれっとした口調で勇は言った。

普段の勇からは考えられない丁寧な口調に柚はポカーンとした。

「こんな身元も分からないような娘と同居しているようじゃ…大山家の長男としてどう心得るのです!責務を負うべき家長が一時の欲得(よくとく)に流されて良いはずがありません!」

「流されるなんて心外ですね母さん」

母親は柚を頭の先からつま先までじっくりと凝視し、小さく咳払いをしてから、

「失礼ですけれど、どこの門閥のお嬢様でいらっしゃるの?」

「どこの門閥でもありませんよ、家柄は二の次です」

「まぁっ!庶民の子と結婚するつもりっ!?」

「俺は彼女の家柄ではなく、言うなれば彼女の性格に惹かれたんです。綺麗な玩具(おもちゃ)を買うだけの結婚に興味はありませんよ」

悪びれる様子のない勇に対し、怒りが収まらない勇の母。不毛な口論が続き、らちが明かないと判断したらしい彼女は顔を真っ赤にして屋敷を飛び出して行ってしまった。

「急にごめんねー。さ、風邪ひいちゃ駄目だからお風呂入って来なー」

「はぁ…」


お風呂から上がり、サンルームを覗くと椅子に腰掛けた勇が頭を押さえて考え事をしていた。

柚がかける言葉を探して立ち尽くしていると、たまが勇の方に駆け寄ってにゃあとひと鳴き。

「早かったなー!猫って水嫌いかと思ってた!」

たまは猫なのに水が得意なので、お風呂の手間はかからなかった。

「さっきはごめんな」

ごめんと言いながらも、大してすまなそうな顔はしていない。動揺しているのは柚ばかりで当の本人は別に気にしていないようだ。

「あの、さっきの騒動は?」

「唐突に母が、お見合いしろーだの早く妻を迎えろーだの言いに来た」

「そうなんですか…」

勇は足を組み換え、窓の外の何処か一点を見つめた。少し悲しみを帯びた目だった。

「実は前々から縁談を持ちかけられていてさ、名家の子女との婚姻関係を結べだの、言いたいことは分かるけどさー…でも」

縁談、婚姻、名家。仰々しい単語をさらりと並べられて柚は目をぱちくりと(まばた)く。

「俺としては柚ちゃんを妻として迎え入れたいなーなんて思ってる」

「…い、いやいやいや!!私、戸籍ないし、名家の子女でもないし!無理ですよ!!そもそも…」

そもそも、帰る方法が見つかれば元の時代に戻るのだから、一緒にはいられない。

戻れるのか分からないけど、きっと戻る方法はあるはず。

「ははっ、そうだよなー。急に言われても困るよなー!」

「いや、そういうことじゃ…」

(ダメだ、完全に勇さんのペースに飲まれてる…)

明日になったら忘れているだろうと思い、たまを抱き上げて部屋に上がった。

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