断罪劇なんて誰得?~断罪キャンセル界隈~
ザマァはありません。宜しくお願いします。
11/11 13:49 改稿(本文追記)
「おおー!広っ!」
ガチャガチャ っと扉を開ける音と共に、令息達の賑やかな声が響く
「でかっ!生徒会室ってこんなに豪華なのかよ、良いな~!」
「この会議室うちの居間より広いぞ」
「それな~!」
「はー、別に羨ましくもないけどな。俺達下位貴族には縁がない世界だな」
「だな~。」
「そっちのドアは何だ?執務室?あっちも?一体何部屋あるんだろうな」
「おい、解放されてないとこ開くなよ。見ちゃいけないもんでも見ちゃったら最悪だろ」
「なんだよ見ちゃいけないもんって」
「それはさぁ、色々あんだろ」
「ないだろお前の妄想だよ」
「あんだよ~。」
―――――ガヤガヤと騒がしい。学園生活を締めくくる卒業パーティーを間近に控えた今。準備や休憩のために学園のほとんどのスペースが自由に出入りできる場として解放されている。
生徒会室に入り込んだ珍客は、どうやら卒業生と思しき令息、二名のようだ。
少なくとも上位貴族が集まるSクラスの生徒ではないだろう。
「にしてもさ、このあと‥‥あるんだろ?例のやつ」
「伏せる意味があるのか。例の断罪劇な。スラッと言えよ」
「そうそう、例の断罪劇!は~せっかくの記念イベントなのに断罪劇なんてさ~。ダルいよな」
このとき、隣の部屋では身じろぎする音が「カタッ」と鳴ったものの、令息達の耳には届かない。今は学園中のそこかしこが賑やかで、注意力も落ちている。
「まぁ始まる前から大筋が見えてるしな」
「それな~。『ヴェルスチィア・ブルセー侯爵令嬢!貴様はここにいる、シンディアナ男爵令嬢を虐めただろう!その卑劣な行いを明らかにする!』」
「『身に覚えのないことですわ』」
「ブフォッ、声真似の精度高すぎだろ、どうやったらそのガタイで女の声が出せるんだよ!」
「『見苦しい!貴様が令嬢たちに手を回してシンディアナ嬢を冷遇したのは分かっているぞ!』」
「ファーッ、はいはい、そんで『虐めじゃない、高位貴族として当然のことをしただけ』、からの~第二王子登場!だろ」
「『このような場で騒ぎを起こすとは、正気ですか兄上』」
「お、ま、え、声のレパートリーが多すぎだ劇団員にでもなるつもりか~!」
反対隣の部屋からは何かをぶつけたような『ゴッ』という鈍い音がしたが、騒ぎ立てる令息達の耳にはやはり届かない。
「シアに本の読み聞かせをしていたときに培われた」
「でたっ!幼馴染婚約者とのなれそめエピソード」
「俺たちの美しい思い出にくだらん代名詞をつけるな」
「めんどくせ~。‥‥はぁ、お前は良いよな。シアちゃんまだパーティーには来れないもんな。俺なんてアンと参加する初めての行事なのに珍騒動確定だよ?はー割に合わね~」
「まぁ学園内のイザコザが今日で解決するなら教員も父兄もどうでも良いんだろうな。子ども同士の小競り合いくらい勝手に始末つけろってとこだろ」
「かもな。でもさ、結局どうなると思う?ほんとに断罪返しして第二王子が立太子するのかな?」
「‥‥いや、ないだろ。」
「そうか~?ブルセー侯爵家がゴリ押しして第二王子台頭じゃね?ヴェルスチィア嬢なら何がなんでも第二王子を王にするだろ」
「いや、侯爵家がついたところでな。ヴェルスチィア嬢も学園では相当やりたい放題だったし、人望もないから今更第二王子に鞍替えする貴族も少ないだろ」
「あ~、人望な。令嬢たちにすげぇ嫌われてるものな」
「‥‥」
束の間の静寂が落ちる。
「ブルセー侯爵も王宮内で相当嫌われてるって。色んな部署の仕事に茶々入れて、あんなのが宰相でほんと迷惑だ侯爵家に権力持たせすぎだってみんな言ってるらしいぞ」
「皆って誰だ」
「みんなは皆だって。少なくとも第一から第三執行部と給仕部と宝飾部と造営部は宰相殿を地雷扱いって。気まぐれに各部を訪問するらしいんだけど最初に突撃された部が他部署に通達に走るんだってよ。」
「‥‥お前はなんでそんなこと知ってるんだよ」
「二番目の姉さん情報だよ。今日起こるアレも帰ったら即刻報告しろって言われてる。宰相殿の機嫌でいろいろ変わるからって」
「どう転んでもブルセー侯爵の気分は損ねるだろう。アルノー第一王子殿下はヴェルスチィア嬢のエスコートもしないそうだしな。」
「それはあれだよ、アルノー殿下は胸派じゃなくて脚派だから」
「なんの話だよ。脚は関係ないだろ」
「いや、関係しかないだろ~!入学の日にシンディアナ嬢がアルノー殿下の前でスッ転んだのもそうだろ。王子が『あの日からお前が忘れられなかった』って、あれ制服めくれて脚が丸見えだったからだろって!令嬢たちが裏でツッコんでた!」
「お前の(脚が)忘れられなかった。‥‥下衆だな。第二王子の方がマシじゃないか」
「いやいやいや、ベルナール第二王子は胸派だから!『兄上の婚約者である貴方と、軽率に目を合わせるなどできない‥‥』っつってヴェルスチィア嬢の胸ばっか見てるらしいぜ」
「どこ情報だよ」
「二番目の兄さん」
「下衆王子しかいないのかこの国には」
「ちなみに俺はバランス重視派だから」
「お前は尻派だろうが」
―――しばし尻と背中と曲線の談義となる。
「でもな~。ほんっと良いご身分だと思う。お互い親が決めた婚約者が嫌だってさ。そんなの小学部の子どもじゃあるまいし。俺、親が決めたアンのことだってめちゃくちゃ大切だからね。『俺なんかに嫁いでくれるの本当にありがとう!』っていつも伝えてるもん。婚約者にケチつけるとか自分はどれだけご立派なんだって思うね」
「違いないな。幼いころからの婚約者というのも素晴らしいものだ。たかだか十年の婚約期間で相手に飽きるようなヤツは誰と結婚しても相手を幸せにできんだろう」
「たかだか十年って。あぁ、お前の幼馴染メモリーは割愛して、長いから!」
「そこは聞けよ。‥‥まぁ、良いご身分っていうのは同意だな。今がどんな時期か高貴な方々は分かってているのかね。こっちは災害給付申請もまだ通ってなくて領中が辛い時期だっていうのにな」
「‥‥そうだよな。お前んところの領は被害が大きかったものな」
「あぁ、あの台風でモヴェルの木が全部やられた。全壊半壊の家も多いしな。でも他領も申請してるから審査後にしか支援できないらしい」
「審査くらいとっととやれよな」
「‥‥いったん貸与でもいいからって粘ったけど特例は作れないって」
「なんだよそれ。あー胸糞悪ィ。胸でも脚でも第一でも第二でもどーでも良いからやることやって働けよ!婚前交渉でもちゃっちゃとすれば収まるとこに収まるだろ。兄弟喧嘩と婚約者同士の喧嘩に周りを巻きむなよな~!」
「言葉が汚いな。不敬だぞ。『不敬である!』」
「第一王子殿下~、調査員とっとと派遣してくださ~い!」
「今日が終わったら多少は真面目になるかね」
「どうだかね。またシンディアナ嬢がゴネゴネ言って邪魔して、ヴェルスチィア嬢が引っ掻き回すんじゃない。」
「淑女が聞いてあきれるな」
「淑女はスッ転んで脚見せないだろ。自分なら退学かせめて一週間は休学するって、下の妹が。次の日もふつうに登校してる時点でわざとじゃなくても気にしなさすぎだろって。」
ンンッ、と押し殺した咳払いが隣の部屋から聞こえたはずだが奇跡的に令息達の耳には入っていない。気づかれないのは幸か不幸か。
「ペチコートを履かないのがありえない。」
「男がペチコートとか言うなよ、シアちゃんに引かれるぞ。‥‥まぁ同学年の令嬢全員に無視されても登校してるシンディアナ嬢はなかなか偉いけどな。」
「陰湿がすぎる」
「あれヴェルスチィア嬢が全員に根回ししたらしいぜ。上の妹が言ってた。上位貴族からの”お言葉”だから絶対逆らえないって」
「お前んところ何人兄弟だよ。それでかな、シンディアナ嬢曰く、『アルノー殿下に侍るよう手を回されてる』って。言われた時は何言ってるんだろうコイツって思ったけどな。」
「あ~!それな。ヴェルスチィア嬢が学年全員にシカトさせて自分はアルノー殿下をほぼシカトして、ボッチ同士で昼飯一緒に取らせるように促したって。てかお前!シンディアナ嬢と喋ってたのかよ!」
「あぁ。委員会でペア組んだときに話しかけられてな。『こんなこと他の人には言えません、二人だけの秘密にしてください』っていうから関わっても面倒だし黙ってたんだよ」
「出ました、必殺、”あなただけ”!」
「『地元に将来を誓った幼馴染がいるから殿下に特別扱いされるのは困る』なんて言うから、じゃぁ距離置けば、って言ったらアドバイス求めてなかったけどありがとうみたいな返しされたわ」
「は~。お前、よくそんなことあって今まで黙ってたね!幼馴染って平民かな?平民と王族を天秤にかけるって不敬も不敬だろ!」
「それを言うなら第一王子と第二王子を天秤にかける方が不味いだろ。それにアルノー殿下とシンディアナ嬢も言う程は触れ合ってなかったしな。昼飯食って、一度だけ街歩きして、そこで卒業用のドレス買って」
「あぁ~今日のドレスな!既製品の手直しらしいけどそこそこ趣味が良くてまぁ金に困った男爵令嬢への支援品としては程よいんじゃないって姉ちゃんが」
「お前んとこ本当に何人兄妹‥‥」
「七人だけど上三人結婚してて義姉義兄も含めるとそれなりに」
「なるほどな。でも今は金に困ってる領がほとんどだろ。俺達のクラスだってあるもんを手直しして着てるやつがほとんどだしな。んな余裕があるなら被災地に還元しろと俺は思うね」
「それな」
ちょうどその時、バタバタバタッと無遠慮な足音と共にバンッ!と扉が開かれる音が響き、「お前らここにいたのかよ!探したぜ!」と声が続く。
「悪い悪い」「そろそろ会場行こうぜ!」と賑やかな会話の後、生徒会室の扉はバタンッ閉じられた。人の気配が消えた。
「‥‥」
「‥‥ ‥‥。」
静寂。
コンコン、と控えめなノックを受けて、執務室で身を潜めていたベルナールとヴェルスチィアはビクッ!と身を強張らせた。
「私だ、アルノーだ。入るぞ」
扉を開けば向かい合ったソファの上で表情を固めた二人の姿があった。かくいうアルノー自身もほんの一分前は思考停止状態にあり、やっと先ほど再起動したばかりだ。
「‥‥この後の卒業パーティーに先立ち、今ここで重大な決断をしたい。」
アルノーの言葉に、彼の後ろに控えていたシンディアナ嬢はサッと血の気が引くようだった。
+++++++
「皆、聞いてほしい。この場を借りて私、アルノーは、我が弟ベルナール第二王子とブルセー・ヴェルスチィア侯爵令嬢が真実の愛で結ばれたことを宣言したい。正式な婚約は今後になるが、皆ここで証人となってくれ」
今しがた始まったばかりの卒業パーティー。開始早々にアルノーがとつぜんスピーチを開始し、何事かと耳を傾けた生徒たちは、一瞬その言葉の処理に窮することとなった。
やや間があって、パチパチパチと控えめな拍手が起こる。証人とは何の証人か、なにがなんだかではあるが聴衆達は周囲に習って拍手を贈った。
「ベルナールは来年の卒業後、公爵位を賜ることが決まっている。優秀なブルセー侯爵令嬢となら必ずや自領を繁栄させることだろう。そして、」
「この場を私的な事柄で騒がせた責任として、私は私費よりいくつかの領へ災害見舞金を贈るとともに明日より災害視察の巡業に発つこととする。皆、私の新しい婚約者のことなど疑問はあろうが、今は復興最優先とし被災地の立て直しに助力してほしい」
アルノーが言葉を終えると、先ほどよりやや大きな拍手が起こった。相変わらずなにがなんだかだったが、第一王子が不仲の婚約者との関係にケリをつけて明日から災害対策に取り組むと、そんな風に適切に伝わったのだった。
まぁ、収まるように収まったな。と皆が思ったその場に、男爵令嬢シンディアナの姿はなかった。
+++++++
後日、王宮にて―――――。
「お前は自分のしでかしたことが分かっているのか。王命で決めた婚約を独断で破ったも同然だろうが」
「双方合意のうえでの解消です。ブルゼーを押さえるためですから妥当な落としどころかと。」
「しかし事前の根回しもなしに、宰相がどれだけ騒ぎ立てるであろうか、頭痛がするわい」
「それなら『王宮の薔薇をヴェルスチィア嬢はお気に召したか』とお伝えください。どのみちこれ以上後手に回るのは失策でしたよ。今は内紛にかまけているご時世ではありません。それにベルナールに王は務まらないでしょう。」
不遜かつ尊大。その性格を父王の前でもありありと発揮するアルノー第一王子の姿に、王は「はぁぁぁぁぁ」とこれ見よがしの溜息をついた。
宰相が第二王子への鞍替えを図っているのは察知していた。傀儡にするならアルノーよりベルナールであろうことも。いずれ釘を刺さねばと思っていたが、どちらに転んでも嫡女は王妃とする腹積もりであろうし、能力的にもそう強引なことはできまいと見ていた。火急の案件でもないと思い放置していたらあの卒業パーティーでの一幕だ。せめて事前に報告の一つでも上げられなかったものかと。
「これまでヴェルスチィアに教育はしても王太子妃教育はまだだったじゃないですか。陛下のご判断しかと受け取りましたよ。」
「しかしなぁ‥‥ヴェルスチィア侯爵令嬢が公爵夫人ではな。宰相も面目が立たぬであろう」
「宰相の長女が王妃になるなんて決まりもないですし、ヴェルスチィア本人が選んだのですから。宰相には『娘の初恋を叶えた寛大な父』として振舞っていただきますから。」
「はぁぁぁぁ‥‥お前はなぁ‥‥簡単に言うがなぁ、」
そう、継承権を放棄し公爵となるベルナールを選んだのはヴェルスチィアその人だ。
選んだからにはその中で幸せを見つけるだろう。
大方ベルナールがあれやこれやと機嫌を取り続けるだろうし、ご自慢の社交力を発揮して夫人達の中心となるであろう。王妃になるよりよっぽど気楽なはずだ。
「それと私の婚約者ですが」
「それこそ頭が痛い、今さら他の令嬢を探したとて‥‥歳の離れた者ならあるいは‥‥」
「事を急いて相性の良くない令嬢をあてがわれても困りますので次は私の判断も考慮してください。」
「お前はなぁぁぁぁぁなぜその様な言い方しかできんのだ」
「これでも遠慮してますよ。ヴェルスチィアは影響力はあっても人心掌握は不得手でしたから王妃は務まりませんでしたよ。あの宰相親子は似たもの同士じゃないですか。性格のマシな者をとは言いませんがせめて私と会話が成り立つ程度の相手を選びたいですね。」
「‥‥ ‥‥。」
お前がそれを言うか、と王はこの長男を100回くらい叱りつけたくなった。しかしここ数日、執務でその才覚を発揮し始めた息子にそれ以上言い募る気力もなく、溜息をつくのであった。
+++++++
「本当に後悔していませんか?兄上でなく、私を選んで」
今は婚約者の茶会。さり気なさを装って、ベルナールが問いかける。
「えぇ、あの時も申し上げた通り、私と王太子殿下が夫婦として共に歩む道はありませんでしたわ。これで良かったのです」
一つ一つ、言葉を濁さずにハッキリと言う。しかしこのベルナールはどこまで本気に捉えてくれただろう。彼はいまだにヴェルスチィアが妥協で自分を選んだのではないかと疑っている。
あの日――――あの卒業パーティーの直前、アルノーはヴェルスチィアに「選んでいい」と言った。
「私たちの婚約をどうするのか。君が選んでいい、ヴェルスチィア。私とこのまま結婚し王太子妃となるか、あるいはそこにいるベルナールと婚約を結び直し公爵夫人となるか。私は君の選択を尊重する」
「そ、そんな。ご自身がこれまでそこの男爵令嬢を侍らせた不誠実をどうするおつもりですか。選んで良いなどと仰ってご自身の王太子の地位はどのみち揺るぎないとでもお思いですか」
「‥‥不誠実、と誹りを受けるような覚えはないが。仮に不誠実があったとして、それは私を排するには足りない。ベルナールが立太子できると本気で思っているのか?」
「!な、なんて酷い仰りよう!ベルナール様は非常に才覚あるお方ですわ。人格者でもありますし、ベルナール様の方がよっぽど‥‥!」
「しかし、ベルナールは王位を望んでいない」
「勝手なことを仰らないでください兄上!私は私が王位を賜る栄誉があれば必ずや―――、」
その時、アルノーの鋭い眼光がベルナールをとらえた。口にせずともその目が雄弁に語っていた。「心にもないことを言うな」と。
ベルナールはヴェルスチィアを得るためにもがいていたに過ぎない。彼自身が王位を望んだことなど一度もなく、その決意も覚悟もなかった。
そうだろうベルナール、と兄王子が視線で語りかけきた。言葉にして暴かないのは兄の情けであった。
「‥‥私もヴェルスチィア侯爵令嬢のご決断に従います。」
「え?」
「王となる兄上か、公爵となる私か、ヴェルスチィア侯爵令嬢がお選びください。」
「そ、そんな‥‥ ‥‥。」
ヴェルスチィアが言葉を失った。
ちょうどその時、学生寮ではドレスを制服に着替えたシンディアナが出発したところであった。彼女は半刻前にアルノーからエスコートを辞され、パーティーに出るも出ないも任せるが使い終わったドレスは置いていくようにと指示された。アルノー自身そのドレスが惜しいわけではないが、手近な店で売って金に換えるなら噂を呼ぶであろうからと。
結婚前に煌びやかな思い出が欲しいだけだったシンディアナは、潔くドレスを脱いだ。自宅に持ち帰って家族や使用人が不審に思えばやがて幼馴染の耳に入らないともいえない。そしてもはや何の未練もないと迷わずパーティーを欠席した。これまで令嬢たちに無視されていたのは馬鹿馬鹿しいと意に介さなかった彼女であったが、令息達に痴女のように思われていたことは堪えたのだ。
+++++++
そんな出来事があってからしばらく経つ。
宰相である父は立腹し「ブルゼーの名誉が回復されるまで王への給仕を辞する!」と捲し立てたが、それなら折角の機会にこれまで取っていなかった休暇をまとめて取得してはどうかと返される有様。果たしてその後、彼の席は残っているかと誰もが疑問に思った。
数か月後、ヴェルスチィアとベルナールの婚約が結ばれることで実質的な和解となった。王宮の父の席は、一応まだ残っているようだ。
未来の王太子妃から一転して王子妃となったヴェルスチィアに対する周囲の令嬢達の反応はさまざまだ。あからさまに距離を置く者も多い。しかし災害の傷もまだ完全には癒えぬ時世とあって派手な社交はどの家も控えていることから、声高に貶める者はない。少なくとも年若い貴族に関しては、今は復興期であると述べたアルノーのスピーチが効いているようだ。
アルノーが断罪劇を巻き起こし、人前でヴェルスチィアの名誉を貶めようしていたのは知っている。
彼はご丁寧にも、事前に「卒業パーティーで君のこれまでの行いを明らかにする」と述べていた。アルノーからすれば没交渉の婚約者がそれこそ交渉なり和解のために動くか試していたわけだが、彼の思い通りに動くヴェルスチィアではなかった。アルノーによる不遜で一方的なやり口はヴェルスチィアとベルナールの断罪返しに結び付く。もっとも二人がその場で目論んでいたのは、アルノーは王太子の資質に疑いありと印象付ける程度のものであったし、それとて政局を変えるほどのものではなかった。
元よりあの時点で彼らに政局の潮目を変えるような力はなかった。いずれも幼稚で浅はかな発想しか持たぬ子どもであった。王位争いが暗殺や殺戮にもつながる他国と違い、平和なこの国で生ぬるく育てられたのが彼らだ。変化があったとすれば生徒会室での予期せぬ”断罪劇”が良薬となったこと。王族としての、高位貴族としての矜持は張りぼてであったと気づかされたのは苦い経験である。
婚約してからのベルナールは、さまざまな誘いと贈り物でヴェルスチィアを甘やかしてくれる。
今も茶会の席にちょっとした贈り物を持ち込み飽きさせない気配りだ。これまで我慢していたと、ずっとやりたかったのだと言われ、まんざらでもないヴェルスチィアである。
ベルナールは誰かを支え助けることにこそ才覚を発揮する。被災地の復興支援を兼ねた地産の工芸品が流行ると教えてくれのは彼だ。装飾品も多種多様にあり一挙に広まった。ヴェルスチィアが社交で不自由しないよう、茶会用の話題を仕入れてくれる彼は頼もしい。
アルノーの婚約者候補をいち早く見つけてきたのもベルナールであった。隣国の第一王女が婚約破棄されるとの情報を掴んできた。蓋を開ければ相手側が有責であったが、口さがない連中の話題にされるのも不憫であるし、他国で羽を休めてはどうかと誘って兄王子と引き会わせた。
アルノーの婚約の儀と兼ねて、立太子の儀も行われた。
隣国の宝玉と名高い美姫と並んでも、一切見劣りすることのない元婚約者の姿であった。
今テーブルに広げられているのはガラス製のペーパーウェイトだ。色ガラスに光が刺せば宝石のように煌めく。「どの色がお気に召すでしょう?」と尋ねるベルナールは、王子と言うよりさながら商人のようだ。こんなに高貴な商人などいるはずもないが。
アルノーと婚約していたとき、幾度となく王宮の庭園でベルナールと遭遇した。
いつだって二人は互いに偶然を装っていた。予定も出入りも完全に管理されている二人に偶々などあるはずもないのに。庭園を歩きたいと伝えるとき互いの従者はどんな顔をしていただろう。
あるときのベルナールは‥‥彼は王宮の花々を小さなブーケにして「庭園に迷い込んだ美しい妖精に」と差し出してくれた。その歯の浮くようなセリフといたずらを仕掛けた子どものように笑う姿に、胸がいっぱいになった。ヴェルスチィアはブーケを胸元に掲げて、ただ微笑むしかできなかったけれど。今ならば容易い感謝の言葉もあの時はどうしても口にできなかったのだ。
「私に貴方を選ばせてくださり、ありがとうございます、ベルナール様。私、きっと幸せになりますわ。」
その言葉に、サッと頬を染めたベルナールの視線は、こんどこそ正しく、ヴェルスチィアの瞳を捉えたのだった。
END
とある夜、王太子夫妻の寝室にて――――
「こっこれは‥‥隣国の宝玉とは真であったな‥‥!なんと美しい!!」
「どこをご覧になって仰ってますの?」
兄弟はいずれも、女子と視線が合わせられない系男子でした。弟はブーケ贈って胸に抱えてるところをじっくり網膜に焼き付けてました。
兄弟も婚約者も幼稚なのですが、この歳頃の男女って肩書があってもこの程度の思考や行動しかできないんじゃないかな、と思ったりです。あと令息Bは学年が奇跡的にギリギリ同じになってしまった妹がいます。現代でもあり得ないわけではないそうですが、母体に負担がかかるし大変だから開けるようにするそうですね‥‥。




