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第七話:弟子が増えました(不本意)

目の前の光景を、どう処理すればいいのか。俺の三千年の経験をもってしても、最適な答えは見つからなかった。


ドアの前には、満面の笑みを浮かべる公爵令嬢と、腕を組んでそっぽを向くエルフの王女。学園の二大有名人と言ってもいい二人が、なぜか魔力ゼロの落ちこぼれである俺の部屋の前に陣取っている。シュールという言葉では片付けられない、悪夢のような光景だ。


「さあ、カイ様!どうぞお部屋にお入りください!お茶の準備をいたしますので!」 「わたくしは別に中に入るつもりなんてないわ。ただ、この女が貴方に何か危害を加えないか、ここで見張っているだけよ!」


エリアーナとリリアナが、俺を挟んで火花を散らし始める。寮の廊下は、決して広くない。そんな場所で、Aクラスのトップ二人が言い争いを始めれば、当然のように注目を集める。すでにいくつかの部屋のドアがわずかに開き、好奇の視線がこちらに突き刺さっているのがわかった。


俺は、全ての感情を無に返し、ゆっくりとドアを閉めようとした。現実から目を背け、この騒動ごとシャットアウトするのが最善策だ。


ガッ。 しかし、俺のささやかな抵抗は、エリアーナがドアの隙間に差し込んだ華奢なブーツと、リリアナが素早く突き入れた扇子によって、いとも簡単に阻まれた。物理的な防御手段が、見事に連携している。別に示し合わせたわけではないだろうが、結果として最悪のコンビネーションを発揮していた。


「カイ様?なぜドアを閉められるのですか?」 「逃げるなんて許しませんわよ。貴方の正体、まだ見極めていないのですから」


二人の声が重なる。ああ、もう駄目だ。俺の部屋は、俺だけのものではなくなってしまう。平穏な隠れ家が、面倒事の最前線基地へと変わってしまう。その事実を悟り、俺は天を仰いだ。


その時だった。 「あ、あの……!」


鈴を振るような、か細く、しかし凛とした声が、三人の間に割り込んできた。 視線を向けると、そこには、昼間に中庭で見かけた少女が立っていた。聖職者見習いのような純白の制服に、ふわふわの亜麻色の髪。大きな瞳は不安げに揺れ、その手には、可愛らしいラッピングが施されたバスケットを抱えている。


エリアーナとリリアナは、新たな人物の登場に、ピタリと言い争いをやめた。そして、まるで示し合わせたかのように、警戒心を剥き出しにした視線を少女に向ける。


「貴女は……?Fクラスの方ではありませんわね。カイ様に何かご用かしら?」 リリアナが、探るように問いかける。 エリアーナも、笑顔を貼り付けたまま、しかし目の奥は笑っていない表情で少女を見つめた。 「カイ様のお知り合いでしょうか?」


二人のエリートからの圧力を真正面から受け、少女はビクリと肩を震わせた。その姿は、まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。涙目になりながらも、彼女は必死に首を横に振った。


「ち、違います!お知り合いだなんて、そんな……!私は、ただ、お礼を言いに来ただけで……」 彼女はそう言うと、エリアーナとリリアナを避け、俺の前にちょこんと進み出た。そして、小さな頭を深々と下げる。


「あの、先ほどは、本当にありがとうございました!私、ミュー・ティンカーベルと申します!」


ミューと名乗った少女は、顔を上げると、潤んだ瞳で俺をまっすぐに見つめた。 「カイ……様、ですよね?貴方のアドバイスのおかげで、私、初めて魔術を成功させることができたんです!」


その言葉に、エリアーナとリリアナが、ぴくりと反応した。


俺は、昼間の出来事を思い出していた。治癒魔術に失敗して泣いていた少女。俺が適当に、独り言のように呟いたアドバイス。まさか、それを本気で実行し、わざわざ礼を言いに来るとは。どこまでもお人好しというか、真面目というか。


「ああ、そうか。よかったな」 俺は、できるだけ素っ気なく、興味がないという態度で返した。これ以上、関わり合いを増やしたくはない。


だが、ミューは俺の素っ気ない態度にも怯むことなく、興奮した様子で話を続けた。 「はい!カイ様がおっしゃった通り、『流れに乗って、そっと背中を押す』ように魔力を流したら……今まで一度も成功しなかった、薬草園の『月の涙』を、完全に蘇らせることができたんです!先生たちも、奇跡だって、すごく驚いてて……!」


「『月の涙』ですって!?」 声を上げたのは、エリアーナだった。彼女は驚愕に目を見開いている。 「それは、数十年前に枯れて以来、誰も蘇らせることができなかったという伝説の薬草……!治癒魔術の最高位に位置する『完全蘇生』でなければ不可能と言われていた、あの……!」


リリアナも、信じられないという表情でミューを見つめている。 「まさか……貴女、あの『月の涙』を?貴女ほどの魔力で、あの高等魔術を……?」


ミューは、二人の反応に少しおびえながらも、こくこくと頷いた。 「は、はい!でも、私自身の力じゃありません!全部、カイ様のアドバイスのおかげなんです!」 彼女はそう言うと、再び俺に向き直り、抱えていたバスケットを差し出した。 「あの、これ、お礼に焼いてきたクッキーです!口に合うかわかりませんが……!」


バスケットの中には、少しだけ形のいびつな、しかし心のこもった手作りクッキーが並んでいた。 俺がそれを受け取る前に、エリアーナが俺の前に進み出た。彼女は、恍惚とした表情で、天を仰いでいる。


「やはり……やはりカイ様は、我々の想像を遥かに超えた御方だった……!」 彼女は、俺の方を振り返り、熱に浮かされたように言った。 「治癒魔術の極意、『流れに乗る』……!それはつまり、対象の生命の流れ、因果律そのものを読み解き、最小限の魔力で最大の結果を導き出すという、神の領域の御業……!なんと深遠な教えでしょう!このエリアーナ、感服いたしました!」


違う。ただのコツだ。自転車の乗り方みたいなもんだ。 俺の心の声など、当然彼女には届かない。


リリアナも、腕を組んだまま、難しい顔で考え込んでいる。 「……存在変換魔術に飽き足らず、神聖魔術の奥義まで体得していると……?一体、どれほどの年月を生きれば、そこまでの境地に達するの……。この男、本当に人間なの……?」 彼女の疑念は、少しずつ真実の核心に近づいている気がして、俺は内心で冷や汗をかいた。


ミューは、そんな二人の様子には気づかず、ただ純粋な尊敬の眼差しを俺に向けていた。そして、意を決したように、もう一歩、俺に近づく。


「あの!それで、お願いがあるんです!」 彼女は、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、上目遣いで俺を見上げた。 「私も、エリアーナ様やリリアナ様のように、カイ様から、もっとたくさんのことを学ばせていただきたいです!どうか……どうか、私を弟子にしてください!」


出た。本日、何度目かに聞く、その単語。 俺の眉間が、ぐっと深く刻まれる。


これで、三人だ。 勘違いの天才剣士。 勘違いの天才エルフ。 そして、勘違いの天才治癒師。 見事に役者が揃ってしまった。


俺が断りの言葉を口にする前に、エリアーナが、なぜか嬉しそうに手を叩いた。 「素晴らしい!カイ様の偉大さを理解する者が、また一人増えましたね!歓迎しますよ、ミューさん!」 「え、あ、ありがとうございます、エリアーナ様!」 「わたくしは弟子ではないと言っているでしょう!」 リリアナがツッコミを入れるが、もはやその場の流れを止めることはできない。


エリアーナは、すっかりまとめ役のような顔で、ミューとリリアナに向かって宣言した。 「よろしいですか、皆さん!カイ様は、我々が馴れ馴れしく教えを乞うてよい御方ではありません!我々弟子にできることは、ただ一つ!カイ様の平穏な学園生活を全力でサポートし、そのお姿から、一つでも多くの真理を学び取らせていただくこと!これに尽きます!」


「はいっ!」と元気よく返事をするミュー。 「……まあ、監視対象の生活環境を把握しておくのは、当然のことですわね」と、なんだかんだで納得しているリリアナ。


そして、三人の少女は、俺の部屋の前で、今後の「カイ様お世話計画」についての会議を始めてしまった。 「まずは当番を決めましょう!月曜の朝食は私が!」 「では、火曜はわたくしが、エルフの秘伝の薬膳茶を……」 「あ、あの、お掃除とか、お洗濯なら、私、得意です!」


俺は、完全に蚊帳の外だった。 目の前で、俺の生活が、俺の意思とは全く無関係に、勝手に彩られていく。いや、塗り潰されていく。


俺は、静かに、本当に静かに、ドアノブから手を離した。そして、音を立てないように一歩下がり、ゆっくりと、ドアを閉めた。今度こそ、誰にも邪魔されずに。 カチャリ、と内側から鍵をかける。


ドアの外からは、まだ三人の賑やかな声が聞こえてくる。それは、俺の平穏な隠居生活に、完全に終止符が打たれたことを告げる、ファンファーレのようにも聞こえた。


俺は、部屋の中央で立ち尽くし、ぽつりと呟いた。


「……もう、学園、辞めようかな……」

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