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第二十二話:開幕、そして何もしない顧問

学園対抗戦の開幕を告げるファンファーレが、王都の空に高らかに鳴り響いた。 巨大な円形闘技場は、大陸中から集まった観客たちの熱気でむせ返るようだ。中央の貴賓席には、この国の国王陛下をはじめ、各国の王族や大使たちがずらりと顔を揃えている。昨夜、俺に絡んできた連中の顔も、もちろんそこにあった。


俺は、選手団が入場する華やかなパレードにも参加させられ、ただただ無表情で手を振るという苦行を終えた後、ようやく解放された。案内されたのは、フィールドを見下ろす一等地に設けられた、我が国代表チームの『特別顧問席』だった。ふかふかのクッションが置かれた、無駄に豪華な椅子が一つ。これ以上ないほど目立つ場所だ。学園長の「事を荒立てるな」という言葉が、遠い昔のことのように思い出される。


開会式が始まり、国王陛下の退屈な祝辞、選手代表による熱血的な宣誓などが延々と続く。俺は、降り注ぐ太陽の光と、鳴り止まない歓声の騒音に耐えながら、どうすればこの場で合法的に眠れるか、ということだけを真剣に考えていた。


やがて、長ったらしい式典が終わり、ついに第一試合の組み合わせが発表された。 電光掲示板の役割を果たす巨大な魔術スクリーンに、我が国の紋章と、そして、ガルガン帝国の紋章が映し出される。会場が、どっと沸いた。初戦から、いきなりの優勝候補同士の激突だ。


「初戦の相手が、帝国ですって。不足はありませんわね」 選手控え席で、リリアナが不敵に笑う。 「昨夜の借りを、ここで返して差し上げましょう。カイ様の名誉のために!」 エリアーナの瞳には、静かだが、燃え盛る炎のような闘志が宿っていた。 「み、皆さん、頑張りましょう!師匠が見守ってくださっています!」 ミューが、仲間たちの士気を高めるように、明るい声を上げた。


チームの作戦会議が始まったが、俺は当然のように参加しない。俺の仕事は、この椅子に座っていることだけだ。 第一試合の競技内容は、『フラッグ・キャプチャー』。アリーナ内に魔法で作り出された広大な森林フィールドに、両チームが同時に投入され、相手陣地の最奥に設置されたフラッグを先に奪取した方が勝利となる、団体戦の華ともいえる競技だ。


「それでは、両チーム、フィールドへ!」 審判の声と共に、我が国の代表チームがフィールドへと足を踏み入れる。エリアーナ、リリアナ、ミューの三人を先頭に、アーサー君たちが続く。アーサー君は、対面の帝国選手団の中に、昨夜幼児退行したレオニダス王子の姿を見つけると、顔を引きつらせていた。当のレオニダス王子は、どこか吹っ切れたような、妙に穏やかな顔でこちらを見ている。昨夜の記憶は、曖昧になっているのかもしれない。


試合開始のゴングが鳴り響く。 その瞬間、俺たちのチームは、誰も予想しなかった行動に出た。


「皆さん、行きますよ!」 エリアーナの号令一下、リリアナとミュー、そしてアーサー君たちも含めたチーム全員が、その場で動きを止めた。そして、まるで示し合わせたかのように、フィールドの隅に設けられた俺の顧問席に向かって、深々と一礼したのだ。 騎士は騎士の礼を、魔術師は魔術師の礼を。その光景は、絶対的な指導者へ忠誠を誓う、精鋭部隊の出陣の儀式のようだった。


会場が、ざわついた。 「な、なんだ?試合開始直後に、なぜ顧問に礼を?」 「あのカイ・レイジーロードという男に、何か特別な意味があるというのか……」 貴賓席の国王陛下や公爵たちも、興味深げにその光景を見つめている。


俺は、向けられる全ての視線を無視し、ただ、小さく手をひらひらと振って応えた。「はいはい、分かったから、早く行け」という意味を込めて。 しかし、そのやる気のない仕草が、観客たちの目には、「よきにはからえ」とでも言うような、絶対的な強者の余裕として映ったらしい。


礼を終えたエリアーナたちは、一転、凄まじい勢いで森の中へと突入していった。 一方、ガルガン帝国チームは、レオニダス王子の指揮のもと、獣人の俊敏さを活かした奇襲戦法を得意とする。彼らは、森の影に巧みに身を潜め、我が国のチームを各個撃破しようと待ち構えていた。


「来たぞ!敵は三人!まず、あのエルフの魔術師から潰せ!」 帝国の斥候が、先行してきたリリアナたちの姿を捉え、仲間たちに合図を送る。数人の屈強な獣人戦士が、音もなくリリアナに襲いかかった。


だが、リリアナは、全く慌てていなかった。彼女は、楽しげに、鼻歌を口ずさむ。 その歌声が、森の空気に溶け込んだ瞬間、獣人戦士たちの足元の地面が、突如としてぬかるみに変わった。 「なっ!?足が……!」 動きを封じられた彼らの頭上から、今度は木のツタが、まるで生きている蛇のように伸びてきて、その体を雁字搦めに縛り上げていく。


「な、なんだこれは!?罠か!?」 「違う……!森そのものが、我々を拒んでいる……!」


リリアナは、歌いながら、優雅にステップを踏む。彼女の動きに合わせて、木々は枝をしならせて敵を打ち、花は甘い香りの眠りの胞子を撒き散らす。森の全てが、彼女の指揮するオーケストラの一員と化していた。帝国チームは、戦う以前に、その美しくも無慈悲な自然の猛威の前に、なすすべなく無力化されていった。


その混乱の最中を、一陣の青い光が駆け抜けた。エリアーナだ。 彼女の魔法剣は、もはや剣というより、光そのものだった。敵の重厚な鎧も、魔法の盾も、彼女の剣の前では意味をなさない。すれ違い様に、ただ一度剣を振るうだけで、敵の武器や防具は、綺麗な切断面を残して崩れ落ち、戦意を完全に喪失させていく。彼女は、誰一人傷つけることなく、ただ敵の『戦う力』だけを完璧に奪い去っていった。


「回復を!支援を要請しろ!」 後方で、帝国の魔術師が叫ぶ。 だが、その声は、優しい光に遮られた。ミューだ。 「皆さん、もう、戦ってはいけません」 彼女の言葉は、ただの音声ではなかった。聖なる力が宿った『言霊』となって、帝国兵たちの心に直接響く。その声を聞いた者は、戦意が急速に萎えていき、なぜ自分たちが戦っているのかさえ、分からなくなってしまった。そして、皆、武器を捨て、その場に座り込んで、穏やかな顔で空を見上げ始めた。


残されたレオニダス王子は、ただ一人、呆然と立ち尽くしていた。 何が起きたのか、理解できなかった。自慢の精鋭部隊が、戦闘らしい戦闘も行わずに、次々と脱落していく。まるで、神話の戦いだ。人間が、神々に弄ばれているかのような、一方的な展開。


やがて、彼の前に、エリアーナが静かに姿を現した。 レオニダスは、最後の誇りをかけて、巨大な剣を構えた。 「……貴様、一体、何者だ」 「我が名は、エリアーナ・フォン・ブレイヴァー。カイ様の、一番弟子です」 その言葉と共に、エリアーナの姿が消え、レオニダスの手から、剣が音もなく滑り落ちていた。


試合終了を告げる鐘が鳴り響く。 我が国のチームが、相手に何の抵抗も許さず、フラッグを奪取したのだ。 時間にして、わずか十分。


巨大な闘技場は、静まり返っていた。 観客も、解説者も、各国の王族たちも、今、目の前で起こったことが信じられず、声も出せずにいた。 やがて、誰からともなく、拍手が起こった。それは、次第に大きなうねりとなり、最終的には、地鳴りのような大歓声へと変わった。


「三女神だ……!」 誰かが、そう叫んだ。 剣の女神、エリアーナ。 森の女神、リリアナ。 慈愛の女神、ミュー。


大陸中が、三人の少女たちの圧倒的な強さと、神々しいまでの美しさに、熱狂していた。


そして、そんな熱狂の渦の中心で。 特別顧問席の俺は、ようやく静かになった会場で、気持ちよさそうに船を漕いでいた。 俺の目には、ただ、退屈なイベントが一つ終わった、としか映っていなかった。


貴賓席のエルシオンが、俺の姿を見て、面白そうに呟く。 「……なるほど。あの三人の異常なまでの強さは、あの『何もしない』男が存在することで、初めて完成するのか。興味深いシステムだ」


俺のあずかり知らぬところで、俺の評価は、また一つ、人外の領域へと足を踏み入れていた。 そして、この圧勝劇が、俺をさらに面倒な舞台へと引きずり出す、新たな引き金になったことを、この時の俺は、まだ知らなかった。

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