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第二十一話:華やかな夜会と面倒な視線

王都での最初の夜、俺は最高のベッドで最高の眠りを満喫した。 しかし、そんな至福の時間は、翌日の午後には無慈悲にも終わりを告げた。学園対抗戦の開幕を翌日に控え、今夜は王城の大広間で、各国の代表選手団を歓迎する盛大な夜会が催されるというのだ。


「カイ様、こちらのお衣装はいかがでしょう?カイ様の神秘的な雰囲気に合わせて、月光色のシルクで仕立てさせました」 「いいえ、エリアーナ!カイには、こちらの闇色のベルベットの方がお似合いよ!その存在の深淵さを際立たせるわ!」 「あ、あの、師匠は、きっと、こういう動きやすい軽装の方が、お好きなのでは……?」


俺の部屋は、いつの間にか高級衣裳店と化していた。エリアーナたちが、どこからか運び込んできた大量の礼装を俺の体に当てがい、ああでもないこうでもないと議論を繰り広げている。俺の意見は、もちろん聞いてもらえない。


俺は、当然のように「行かない」と宣言した。人混みは嫌いだ。貴族のパーティーなど、面倒事の巣窟でしかない。 だが、そのささやかな抵抗は、「これは特別顧問としての公務です」というエリアーナの正論と、「カイが行かないのなら、わたくしたちもボイコットしますわ」というリリアナの脅迫、そして「師匠が行かないなら、私も部屋でシロとお留守番してます……」というミューの涙目攻撃の前に、あっさりと粉砕された。


結局、俺はリリアナが選んだ闇色の、無駄に装飾の多い礼装に着替えさせられ、三人のドレスアップした少女たちに引きずられるようにして、王城の夜会会場へと向かうことになった。俺の胸ポケットには、窮屈なのは嫌だと鳴いたシロが、魔法で姿を隠してこっそりと潜り込んでいる。


シャンデリアの眩い光が降り注ぐ大広間は、すでに各国の王侯貴族や選手たちでごった返していた。きらびやかなドレス、厳かな軍服、神秘的なローブ。様々な文化と人種が入り乱れ、華やかでありながらも、どこかピリピリとした緊張感が漂っている。


俺たちの姿が会場に現れると、一瞬、その場の空気が変わった。 エリアーナ、リリアナ、ミュー。それぞれが自国を代表する美貌と才能を持つ少女たちだ。その三人が、まるで守護するように、一人のやる気なさそうな青年を囲んでいる。その構図は、誰の目にも異常に映っただろう。


「あれが、ブレイヴァー公爵令嬢か。噂通りの美しさだな」 「隣にいるのはエルフの姫君と、聖女候補と噂の少女だ。なんという顔ぶれ……」 「だが、真ん中にいる男は誰だ?見たことのない顔だが……」 「情報によれば、カイ・レイジーロード。魔力測定不能のFクラス生徒でありながら、なぜか特別顧問に抜擢された、謎の男だ」


ひそひそと交わされる会話が、嫌でも耳に入ってくる。俺は、全ての視線を無視し、会場の隅にある壁際の席を目指して、足早に歩き出した。目的は、人目につかない場所で、このパーティーが終わるのをひたすら待つことだ。


だが、面倒事は、向こうからやってくるのが世の常だ。 俺たちが壁際にたどり着く前に、筋肉の塊のような、巨大な影が俺たちの前に立ちはだかった。


「ほう。貴様らが、今年の主催国の代表か。まるで雛鳥の集まりだな」 見下ろすように言ったのは、ライオンの頭を持つ、屈強な獣人の青年だった。その体格は、俺の倍以上ある。豪華な装飾の施された軍服は、彼がただの兵士ではなく、王族であることを示していた。


「ガルガン帝国第一王子、レオニダス殿……」 エリアーナが、警戒を露わにしてその名を呼ぶ。実力至上主義を掲げる、大陸最強の軍事国家の代表だ。


レオニダス王子は、エリアーナたちを値踏みするように見回すと、最後に俺に視線を止め、鼻で笑った。 「そして、貴様が噂の特別顧問か。魔力ゼロの落ちこぼれが、女のスカートの後ろに隠れて、良いご身分だな。我が帝国では、貴様のような寄生虫は、真っ先に淘汰される」 あからさまな侮蔑と挑発。彼の背後に控える帝国選手団からも、クスクスと嘲笑が漏れる。


エリアーナの眉が、ぴくりと動いた。 「カイ様への侮辱は、私への、いえ、我が国への侮辱と受け取ります。その言葉、撤回していただけますか」 彼女の体から、覚醒したばかりの鋭い闘気が放たれる。会場の空気が、一気に緊迫した。


レオニダスは、その闘気を意にも介さず、獰猛な笑みを浮かべた。 「面白い。ならば、ここで証明してみせろ。その男を守るに値するだけの力が、貴様にあるのかをな!」 彼は、パーティーの席上であることも忘れ、腰の巨大な剣に手をかけようとした。


まずい。乱闘騒ぎにでもなれば、最悪だ。 俺は、二人の間に割って入るのも面倒で、ただ、一つ、深くため息をついた。 その、本当に些細な行動が、引き金になった。


俺の胸ポケットで、窮屈さに耐えかねていたシロが、俺のため息に驚いたのか、ひょっこりと顔を出したのだ。そして、目の前で殺気を放つ巨大な獣人を見て、警戒したように、小さく「にゃあ」と鳴いた。


その瞬間、シロの体から、不可視の浄化の波動が放たれた。 あれほど獰猛な殺気を放っていたレオニダス王子の動きが、ピタリと止まる。彼の金色の瞳から、急速に闘争の色が消えていく。


「……ん?なんだ……?この、懐かしい感覚は……」 彼は、混乱したように呟くと、その巨大な体に見合わず、瞳をうるませ始めた。 「……ああ……思い出した。これは、幼い頃、故郷の草原で、母上の膝の上で昼寝をした時の、あの温かな陽だまりの匂いだ……。母上……俺、もう戦うのに疲れました……」


レオニダス王子は、その場にへなへなと座り込むと、子供のようにしくしくと泣き始めてしまった。 帝国の選手団が、慌てて駆け寄り、彼を抱えて退場していく。残された各国の招待客たちは、何が起きたのか全く理解できず、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。


「……また、これか」 俺は、ペンフィールド侯爵の時と同じ現象を目の当たりにして、額に手を当てた。シロの精神安撫能力は、相手が強ければ強いほど、その精神的なギャップを利用して、効果的に作用するらしい。面倒なことに。


エリアーナは、そんな俺の様子を見て、またもや感動に打ち震えていた。 「カイ様……!言葉も、力も使うことなく、ただため息一つで、あの帝国の暴君を赤子のように無力化してしまうとは……!これが、戦わずして勝つという、兵法の極致……!」


違う。事故だ。 俺の心の声は、誰にも届かない。


この一件で、俺の周囲は、さらに奇妙な空気に包まれた。誰もが、俺を恐れ、遠巻きに見るようになった。だが、その視線には、侮蔑ではなく、得体の知れないものへの畏怖が色濃く混じっていた。


そんな中、今度は涼やかな声が、俺に話しかけてきた。 「興味深いですね。あなたの存在は」 振り返ると、そこに立っていたのは、銀色の髪を持つ、理知的な雰囲気のエルフの青年だった。そのローブは、魔法技術の粋を集めた魔術師連邦のものであることを示している。 「私の名は、エルシオン。あなたのその『無』の魔力、非常に興味深い。私の探知魔法が、あなたの前では意味をなさない。まるで、情報のブラックホールだ」 彼は、分析するような目で、俺を頭のてっぺんから爪先まで観察している。


リリアナが、対抗心を燃やして彼の前に立った。 「エルシオン!魔術師連邦の若き賢者と謳われる貴方でも、カイ様の深淵を覗くことなどできはしませんわ!」


エルシオンは、リリアナを一瞥すると、ふっと笑った。 「これはシルヴァームーン姫。あなたの『歌う』魔法の噂は聞いている。面白い試みだ。だが、本質が伴わなければ、ただの余興に終わるだろう」 彼は、リリアナを軽くあしらうと、再び俺に視線を戻した。 「カイ・レイジーロード。対抗戦で、あなたの謎の一端でも見られることを、楽しみにしているよ」 彼はそれだけ言うと、優雅な仕草で一礼し、去っていった。


最後に現れたのは、聖王国の聖騎士団を率いる、厳格な顔つきの青年だった。彼は、ミューの前に進み出ると、恭しく片膝をついた。 「お会いしとうございました、聖女候補殿。貴女様から放たれる聖なる気、噂以上です」 しかし、彼はすぐに立ち上がると、今度は俺に鋭い視線を向けた。 「だが、その隣の男、貴様は何者だ。聖女様の隣に立つには、あまりにも不浄な気配がする」


面倒なのが、次から次へとやってくる。 俺は、もう何も答える気力もなく、ミューの肩をぽんと叩いた。 「ほら、お前の信者だ。相手してやれ」 そして、聖騎士に向かって、「こいつは、お前にやる。好きにしてくれ」と言い放った。


聖騎士は、俺のあまりにも不敬な態度に激昂しかけた。だが、ミューが俺の言葉に、嬉しそうに「はい、師匠!」と答えたのを見て、動きを止めた。 そして、何かを深く、深く考え込んだ後、雷に打たれたように目を見開いた。 「……そ、そうか!この方は、聖女様が心を許し、その身を委ねるほどの、大いなる徳をお持ちなのだ!その不敬に見える態度すら、我々の信仰心を試すための、深遠なる試練……!私が、間違っていた……!」 彼は、勝手に納得すると、今度は俺に向かって、十字を切り、深々と頭を下げたのだった。


俺は、もう、何も言う気になれなかった。 パーティーの喧騒から逃れるように、俺は一人、会場のテラスへと向かった。 冷たい夜風が、火照った頭に心地よい。


俺が、ただそこにいただけなのに。 帝国の王子は幼児退行し、魔術師連邦の天才は俺を警戒し、聖王国の聖騎士は俺の信者になった。 俺の平穏な日々は、もはや手の届かない場所へと、完全に消え去ってしまったようだった。


明日から始まる、学園対抗戦。 一体、どれほどの面倒事が、俺を待ち受けているのだろうか。 俺は、王都の夜景を見下ろしながら、三千年分のため息を、一つにまとめて吐き出した。

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