第十八話:特別顧問は名ばかりの
学園対抗戦。 その言葉が、ここ数日の学園の空気を完全に支配していた。数年に一度開催される、大陸でも有数のビッグイベント。近隣諸国の王族や有力貴族が一堂に会し、各国の魔術学園、騎士学園の精鋭たちが、その威信を懸けて技を競い合う華やかな舞台だ。
そして、そんな晴れの舞台に、俺は「特別顧問」という、何とも胡散臭い肩書で参加することが、半ば強制的に決定してしまった。 理由は、ペンフィールド侯爵の暴走に近い推薦と、俺の存在を内外の敵対勢力への牽制に使いたいというブレイヴァ-公爵たちの思惑。俺の意思は、そこには一ミリたりとも反映されていない。
「聞きましたか、カイ様!対抗戦の代表メンバーが、正式に発表されましたわ!」 放課後の俺の部屋で、エリアーナが興奮した様子で一枚の羊皮紙を広げた。そこには、選ばれし代表生徒たちの名前が、誇らしげに記されている。
当然のように、そこにはエリアーナ・フォン・ブレイヴァー、リリアナ・シルヴァームーン、そしてミュー・ティンカーベルの名前があった。学園のトップクラスの実力者である彼女たちが選ばれるのは、至極当然のことだろう。
「ふん。わたくしたちが選ばれるのは当たり前ですわ。ですが、問題は他のメンバーですの」 リリアナが、扇子でリストをとんとんと叩きながら言う。
リストには、彼女たちの他に、数名の生徒の名前が並んでいた。騎士科のエース、アーサー・ペンフィールドの名も、なぜかそこにある。シロに完膚なきまでに叩きのめされたはずだが、親の力か、あるいは本人の実力か、代表の座は射止めたらしい。
そして、そのリストの一番下に、小さな文字で、こう書き加えられていた。
『特別顧問:カイ・レイジーロード』
「面倒くさい……」 俺は、心底うんざりして呟いた。俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに、なぜ国家レベルのイベントにまで担ぎ出されなければならないのか。
「何を仰いますか、カイ様!」とエリアーナが目を輝かせる。「これは、カイ様の偉大さを、世界に示す絶好の機会です!我々弟子一同、カイ様の名に恥じぬよう、全身全霊で戦う所存です!」 「ええ。貴方が顧問として控えているだけで、わたくしたちの力は百倍にも二百倍にもなりますわ。まあ、貴方の手を煩わせるまでもなく、わたくしたちだけで優勝して差し上げますけど」 「し、師匠!わ、私も、頑張ります!皆さんの足を引っ張らないように、回復と支援、一生懸命やります!」
三人は、すでにやる気満々だった。 俺は、ただ一人、この面倒なイベントから、どうすれば最も楽に、そして目立たずにフェードアウトできるか、ということだけを考えていた。
対抗戦までの数週間、代表メンバーたちは、過酷な合同訓練に明け暮れることになった。 俺も、特別顧問として、その訓練に顔を出すことを義務付けられた。もちろん、俺が何かを指導するわけではない。ただ、訓練場の隅に用意された椅子に座って、ぼんやりと彼らの様子を眺めているだけだ。それが、俺に与えられた唯一の仕事だった。
「カイ様が見ていてくださる……!力が、みなぎってくるようです!」 エリアーナの剣技は、普段の三割増しくらいでキレを増している。
「カイに無様な姿は見せられませんわ!」 リリアナの魔法は、その精度と威力を飛躍的に向上させていた。
「師匠!見ててください!私、もっと上手にできます!」 ミューの治癒魔術は、聖なる輝きを増し、かすり傷程度なら一瞬で治してしまうほどのレベルに達していた。
どうやら、俺がただそこに「いる」だけで、彼女たちの能力に、強力なバフ効果がかかるらしい。俺自身は、本当に何もしていないのだが。
他の代表メンバーたちも、そんな三人の異常なまでの気迫と、その原因である俺の存在を、遠巻きに、そして奇妙なものを見るような目で眺めていた。特に、騎士科のアーサー君は、俺と目が合うたびにビクリと肩を震わせ、そそくさと視線を逸らす。彼の心には、シロによる恐怖が、まだ深く刻み込まれているようだった。
そんなある日の訓練後。 俺は、いつものようにさっさと帰ろうとしていた。だが、エリアーナに呼び止められる。 「カイ様、少し、お時間をいただけますでしょうか」 彼女の顔は、いつになく真剣だった。
連れてこられたのは、二人きりの談話室だった。リリアナとミューの姿はない。 エリアーナは、緊張した面持ちで、俺の前に立つと、深々と頭を下げた。 「カイ様。本日は、私の個人的な悩みについて、ご相談があってまいりました」 「……俺は、人生相談の窓口じゃないんだが」 「重々承知しております!ですが、この悩みを打ち明けられるのは、カイ様をおいて他にいないのです!」
彼女は、顔を上げると、決意を秘めた瞳で俺を見つめた。 「カイ様は、ご存知でしょうか。我がブレイヴァー家に、代々伝わる秘剣、『魔法剣』のことを」 それは、剣技と魔術を融合させた、非常に高度な戦闘技術だ。剣の才と魔術の才、その両方を高いレベルで持ち合わせていなければ、習得することすらできないという。 「私は、幼い頃より、この魔法剣を極めるために、厳しい修行を積んでまいりました。ですが、どうしても、最後の壁を越えることができないのです」
エリアーナの悩みは、深刻だった。彼女は、剣の天才だ。魔術の才能もAランクと、申し分ない。だが、その二つの力を、完全に一つに融合させることができないのだという。剣を振るえば魔力の流れが乱れ、魔術を意識すれば剣筋が鈍る。そのジレンマが、彼女を長年苦しめていた。
「父上や、指南役の先生方にも、何度も教えを乞いました。ですが、誰も、明確な答えをくれません。そして、対抗戦が目前に迫った今、私の心は、焦りばかりが募っております。このままでは、カイ様の名を汚してしまう……」 彼女の声は、震えていた。常に自信に満ち溢れていた彼女が、初めて見せた弱さだった。
俺は、心底面倒だと思った。 だが、同時に、少しだけ、ほんの少しだけ、彼女に同情した。 俺は、彼女が抱える問題の「答え」を知っていた。それは、俺にとっては、一足す一が二になるのと同じくらい、自明の理だったからだ。
俺は、大きなため息を一つついてから、口を開いた。 「……剣と、魔法」 俺の言葉に、エリアーナはハッと顔を上げた。 「お前は、その二つを、別のものだと考えている。だから、ダメなんだ」 「……別の、ものではない、と……?」
俺は、テーブルの上に置かれていた、水の入ったグラスを指差した。 「水は、なんだ?」 「……水、ですが」 「そうだ。だが、凍らせれば氷になる。熱すれば湯になり、蒸気になる。その本質は、何も変わらない。ただ、形を変えているだけだ」 俺は、立ち上がると、エリアーナの前に置かれていた、飾り物のレイピアを手に取った。 「剣も、魔法も、同じだ。どちらも、お前の体の中にある、一つの力の発露に過ぎん。剣を振るうことも、魔法を唱えることも、お前にとっては、呼吸をするのと同じであるべきだ。分け隔てなく、区別なく、ただ、そこにある力を使う。それだけのことだ」
俺は、レイピアを、まるで自分の手足のように、軽く一振りした。 ヒュン、という風切り音と共に、俺が振った剣先から、淡い光の刃が生まれ、音もなく空中に消えた。それは、剣技でもなく、魔術でもない。ただ、俺の意思が、剣という媒体を通して、形になっただけの現象だった。
エリアーナは、その光景を、息を呑んで見つめていた。 彼女の蒼い瞳が、大きく、大きく見開かれる。 その中で、長年彼女を縛り付けていた、巨大な壁が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが、俺には見えた。
「……本質は、同じ……。形が、違うだけ……」 彼女は、何かを掴みかけたように、呆然と呟いた。 「そうか……私は、剣と魔法を『融合』させようとしていた……!違う……!最初から、それは、一つだったんだ……!」
彼女の体から、迷いが消えていく。そして、今までバラバラだった剣の気配と魔力の流れが、ゆっくりと、しかし確実に、一つに溶け合っていくのが分かった。
「カイ様……!」 エリアーナは、俺の前にひざまずくと、感涙にむせびながら、深く頭を下げた。 「ありがとうございます……!ありがとうございます……!貴方様のお導きがなければ、私は、一生この真理にたどり着くことはできませんでした……!」
俺は、何も言わずに、レイピアをテーブルに戻した。 そして、今度こそ、この面倒な空間から脱出するために、部屋の出口へと向かった。
俺は、別に、彼女を導いたつもりなどない。 ただ、俺にとっての「当たり前」を、口にしただけだ。 それが、彼女にとって、どれほど大きな意味を持つものだったのか。
俺は、知りたくもなかったし、これ以上、関わりたいとも思わなかった。 だが、この一件が、数週間後の学園対抗戦で、大陸中を揺るがすほどの伝説を生み出すことになるということを、この時の俺は、まだ知る由もなかった。




