第十四話:深夜の散歩はしたくない
俺の意図しないヒントによって、三人の少女探偵団は、ついに事件の核心へとたどり着いてしまった。 学内に潜む秘密結社『黄昏の蛇』の残党。そして、そのアジトと目される古い実験室。 彼女たちの目は、もはやただの学生のものではなかった。師から与えられた試練に挑む、使命感に燃えた戦士の目だ。
その日の夜、俺は早々にベッドに潜り込み、今日一日の心労を睡眠によって回復しようと試みていた。しかし、俺の部屋は、いつの間にか三人の作戦司令室と化していた。
「――以上の情報から、敵のアジトが旧第三実験室であることは、ほぼ間違いありません」 エリアーナが、床に広げた学園の見取り図を指し示しながら、真剣な面持ちで報告する。その周りには、リリアナとミューが、同じく真剣な顔で頷いていた。俺のベッドをテーブル代わりにするのはやめてほしい。
「問題は、いつ、どのようにして内部を探るか、ですわね。警備の魔術結界も、おそらくは何重にも張られているはずです」 リリアナが、冷静に分析する。禁書庫の扉をこじ開けた経験が、彼女に妙な自信を与えているようだった。
「わ、私、潜入とか、あまり得意じゃなくて……。足手まといに、ならないでしょうか……」 ミューが、不安そうに声を震わせる。
「大丈夫です、ミューさん」とエリアーナが優しく励ます。「貴女の治癒魔術と支援能力は、我々の生命線です。それに、何より……」 彼女は、ちらりと俺のベッドの方を見た。 「我々には、カイ様がついていてくださいます」
ついていく気など、毛頭ない。 俺は寝返りを打ち、壁の方を向いて、完全に会話を拒絶する姿勢を示した。頼むから、俺を巻き込まないでくれ。
だが、三人は俺の態度を意に介さず、作戦会議を続行する。 「決行は、今夜。見回りの教官が最も少なくなる、深夜二時とします」 「わたくしが、周辺の結界に一時的な撹乱をかけます。効果はもって十分。その間に、内部の情報を探り、即座に離脱しますわ」 「わ、私も、皆さんの気配を隠すための、簡単な隠蔽の術なら使えます!」
話が、どんどん具体的な方向へと進んでいく。おい、待て。本気で今夜、乗り込むつもりなのか。 俺は、ついに耐えきれなくなり、がばりと上半身を起こした。
「……やめておけ」 俺が発した、低く、不機身な声に、三人の少女はびくりと肩を震わせた。そして、一斉に俺の方を向き、その目に期待の色を浮かべる。
「カイ様……!やはり、この作戦には何か、見落としが?」 エリアーナが、真剣な顔で問いかけてくる。
俺は、心底面倒くさそうに、そして正直に、思ったことを言った。 「そんな面倒なこと、やめておけ。見つかったらどうする。停学じゃ済まないぞ。それに、相手が何者かも分からないのに、危険すぎる」
俺の言葉は、ただ、面倒事に巻き込まれたくない、という一心から出た、ごく当たり前の忠告だった。学生が、秘密結社のアジトに乗り込むなど、自殺行為に等しい。
しかし、俺のその常識的な発言は、彼女たちの勘違いフィルターを通すことによって、またしても高尚な教えへと変換されてしまった。
エリアーナは、何かを深く悟ったように、静かに頷いた。 「……そうですね。カイ様のおっしゃる通りです。我々は、少し浮かれておりました。危険を顧みず、ただ真実へと突っ走ろうとしていた……。カイ様は、我々の身を案じ、そして、真の強者とは何かを、その言葉で示してくださっているのですね」 「ええ……」とリリアナも続く。「『危険すぎる』、と。それは、我々の知らない、強力な罠や、手練れの術者が待ち構えているという、具体的な警告……!なんと、ありがたいご忠告でしょう」 ミューに至っては、潤んだ瞳で俺を見つめ、感激したように言った。 「師匠は、私たちのことを、心配してくださっているんですね……!ありがとうございます!」
違う。そうじゃない。俺は、俺自身が面倒なことに巻き込まれるのが嫌なだけだ。お前たちの心配など、正直、二の次、三の次だ。 だが、そんな本音を口にできるはずもなく、俺は再び会話を放棄し、ベッドに倒れ込んだ。
俺の沈黙を、どう解釈したのか。三人は、再び顔を見合わせ、そして、エリアーナが、決意を固めたように言った。 「カイ様のご忠告、確かに胸に刻みました。その上で、我々は行かなければなりません。カイ様が与えてくださったこの試練、危険を承知で乗り越えてこそ、我々は弟子として、一歩成長できるのですから!」 「そうね。師の警告を理解し、対策を練ってこそ、真の弟子と言えますわ!」 「はいっ!師匠の心配を、安心に変えてみせます!」
もう、ダメだ。何を言っても、彼女たちの決意を燃え上がらせる燃料にしかならない。 俺が何を言おうと、彼女たちは今夜、あのアジトへ向かうだろう。
そして、俺の頭の中に、最悪の未来予想図がいくつも浮かび上がってきた。 ――彼女たちが、敵の罠にかかり、捕らえられる。 ――敵の強力な術者と戦闘になり、重傷を負う。 ――学園の警備に見つかり、大騒ぎになる。
どの未来を辿っても、結果は同じだ。 彼女たちの「師匠」である俺は、間違いなく事件の当事者として、公爵や学園長から、厳しい事情聴取を受けることになる。ダンジョンの時のように、うやむやにはできない、大問題へと発展するだろう。
それは、面倒だ。 死ぬほど、面倒くさい。
ならば、どうするべきか。 俺が取るべき、最も面倒くさくない選択肢は、何か。
答えは、一つしかなかった。 それは、彼女たちが面倒事を起こす前に、俺が先回りして、その面倒の芽を、誰にも気づかれずに摘み取ってしまうこと。
俺は、布団の中で、深く、長いため息をついた。 どうしてこうなった。俺はただ、静かに眠りたいだけなのに。なぜ、夜中に、こそこそと他人の後をつけなければならないんだ。
「カイ様、それでは、我々は準備をしてまいります。カイ様は、どうかここで、我々の成功を、静かに見守っていてください」 エリアーナは、そう言うと、リリアナとミューを伴って、俺の部屋から出て行った。その足取りは、決戦に向かう騎士のように、力強く、迷いがなかった。
一人になった部屋で、俺はゆっくりと身を起こした。 窓の外は、すでに漆黒の闇に包まれている。
「……散歩、行くか」
俺は、誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。 それは、三千年の俺の人生の中で、最も気乗りしない、そして、最も面倒な散歩になることだけは、間違いなかった。




