98 立ち上がるための一歩
私――ヴィオラは、ようやくアルフレードと合流できて、安心していた。アルフレードがそばにいるだけで、心の奥がふっと温かくなる。
でも――これからどうすればいいんだろう。
アルフレードはグリモワールの王位継承者になった。
私の夫だ。
セバスティアンの父親でもある。
でも、今や立場は「別の国の王」の継承者になった。
私のオリヴィアンは、私が考え、守らなければならない。
オリヴィアンを奪還できても、グリモワールの属国になるつもりはない。
…なのに、思うように体が動かない。
産後だから仕方ないって、頭では分かっている。
けど、重い。
自分の体じゃないみたい。
腹筋すらできなくて、情けなくて、苛立ちをアルフレードにぶつけてしまった。
「奥様、今は少しずつでよろしいのです」
「そうですよ。焦っても、いいことはありません」
高齢のメイド、メアリーとカロリーナが笑ってくれる。
その声があたたかくて、涙が滲んだ。
「情けなくて……こんなことで泣くなんて」
私は涙を拭って情けないと呟く。
「そんなものですよ。みんな、そうです」
そう言って、メアリーとカロリーナは甘い紅茶を差し出してくれる。
その言葉と香りに、何度も救われた。
アン夫人が、経験のある年配のメイドを選んでくれた理由がわかる気がする。
“通る道”を知っている人が、そばにいるだけで違う。
「アン夫人って不思議な人よね」
わたしは、出してくれた紅茶を口にする。
甘さと温かさは、ほっと肩の力を抜いた。
「はい。女主人の見本のような方です。視野が広くて、負けません。男の方々もヘルマン様も、あの方の前では皆、従ってしまいます」
「人をその気にさせるんです。“あなたは選ばれたメイドなのよ”って言われると、自然と背筋が伸びます」
私は頷いた。
ああいう人こそ、“王”というのかもしれない。
剣も持たず、船にも乗らず、それでも人を動かす。
――生まれ持ったもの、なのかしら。
でも、父もそうだった。
全くタイプは違うのに、皆から慕われていた。
人の思いや行動を、誰よりも理解していた。
アルフレードの父、フェリックスには、それがなかった。
ただ王族だっただけで、王ではなかった。
その結果が、あの悲劇だ。
アルフレードの病も、父親が仕組んだものだったなんて。
……酷すぎる。
だけど、アンジェリカ王妃を許すことは、たぶんできない。
一方で、私だって、愛を通わせることもなかった夫が、息子のセバスティアンに同じことをしたら突発的に殺してしまうかもしれない。
アルフレードの場合、ありえないけど...
(でも、それが原因でお父様とお母様はなくなったんだもの)
それに、アルフレードを激しく虐めていたのも、お母様を逆恨みして虐めていたのも、アンジェリカ王妃だったのだから、理由をつけて夫を殺しただけかもしれないじゃない。
私は、王になれるのだろうか。
……いいえ、なるしかない。
「メアリー、カロリーナ。少しずつ外に出たいの。毎日一時間でいいから、街を歩きたいわ。セバスティアンをお願いしてもいい?」
「ええ、もちろんです」
「無理はなさらずに」
産後塞ぎ込むよりは、外の空気を吸った方がいいですと、意外にも二人は賛成してくれた。
私は頷いた。
せっかく与えられた時間だ。
体が動かないからと止まったらそこで終わる。
たとえみんなが反対しても、私は外に出る。
フィレンタの風を感じて、もう一度、自分の足で歩くために。
私は、立ち上がった。




