91 宿敵の髪を隠して
ヘルマンは、馬で港へ急いでいた。
だが、この町でヴァルトシュタイン行きの船が出るはずがない。
出るのは、ヴァルトシュタイン贔屓の都市だろう。
陸越えをして別の都市に入ったか、海路で別の都市を経由して渡るつもりか??
アン夫人の容貌は目立つはずだ。
本人は地味にしていたつもりだろうが、芸術的なセンスや服のチョイスなどが、洗練されていた。
聞き込みすれば、足跡をたどれるはず…
リリス王妃と腹違いと言っていたが、全く似ていない。
姿形もだが、あの性格。
アレに虐められてたアルフレードはよく耐えたもんだ。
会ったら殺すつもりだ。
アルフレードやヴィオラ姫に殺させたくない。
王や王妃の敵だ。
アン夫人さえいなければ...いや、アン夫人じゃなかった。
アンジェリカ元王妃だ。
憎きヴァルトシュタインの姫だ。
彼女が夫を殺さなければ、みんな死ななかったんだ。
そう思いつつ、一緒に過ごした日々を思い出して、胸がちくりと痛む。
姫のために、赤ちゃんのために彼女は尽くしていた。
俺が足りないところをいつも補ってくれていた。
そして敵なのに...ヴィオラ姫の養育をしていた。
姫の足りない部分を指導してくれた。
本当に彼女はみんながイメージしているような人だったのか。
一か八か、俺は港に馬を走らせた。
ーーー
港といっても広い。
多くの荷物が積み重ねられている。
「あら、ヘルマン。どうしたの?アン夫人ともう別れたの?」
ずっと彼女の家に住み着いていたから、周囲からはアン夫人と交際していると誤解を受けてしまった。
これから、みんなに訂正して回らなければならない。
だがその前に
「アン夫人を探している。見なかったか?」
俺は息を切らして聞いて回る。
「あら?ヘルマン、やっぱり本気なの?」
と驚かれるが、なりふりかまってはいられない。
だが見た人はいないという。
よく考えたら、彼女は馬には乗らない。
馬車だったな。
それだったら人目に触れないか。
その後、何時間か、歩き回っても姿は見えない。
あの金髪、あの姿なら見逃すはずがない。
だが、近くの都市に行く船の周辺にはいないし、目撃情報もない。
「船じゃないのか。陸路で、別の都市に入ったか」
ヘルマンは深くため息をつく。
ヘルマンはトボトボと宿敵アンジェリカの別宅に戻っていく。
◇◇
その様子をそっと宿の建物の窓の端から隠れて見ている影が一つ。
美しい金髪は、すべて帽子の中に入れられて、チュニックにジャケット、ズボンを着用して眼鏡をかける。
背筋を伸ばし、底の高い靴を履く。
男性の佇まいのアンジェリカだった。
「馬車で着替えて良かった。危機一髪だったわね。」
ヘルマンには申し訳ないことをしたと思っている。
ヴィオラ姫は気づいていない。
ヘルマンが私につきまとっていたのは、口説いていたからではない。
探りを入れていたからで、職務に忠実だった。
「必死に姫を守っていたのだと伝えてあげたかったわね。」
素性を知らないフリをしていたから伝えられなかったけど。
今追ってきているのも職務だ。
私を殺す。もしくは捕縛して、アルフレードかエドガー王に殺させるためだろう。
「それでもいいのだけど...いえ、本当はそうあるべきなんだけどね」
アンジェリカは悲しげにヘルマンが遠ざかる姿を見つめる。
でも、王になる素質があるアルフレードを片目が見えないという理由だけで、王にならせようとせず虐めた自分。
王になる素質がなく、学ぶことを嫌がるヴァルターに、王になれと言い続け甘やかした自分。
アルフレードに何もできなかった。
だから、せめて、ヴァルターが自分の意思で動けるように。
利用されないようにしたい。
兄ジュリアンのもとで学んだほうが、私の手から離れた方が良くなるのではないかと思ったけど...
「兄は私と同様に支配的な人間だったわね。」
私はため息をついた。




