90 赤ん坊と、言えない真実
その時だった
おぎゃー!おぎゃー!おぎゃー!
真っ赤な顔をして、体を大の字にして泣き始める。
「あ、よしよし」
ヴィオラが、そっと抱き上げ俺の腕に預ける。
怖い。
壊れる
落としたらどうする!
俺は渡されたまま、硬直した。
「泣くと大変なの。意味なく夕方になると泣くしね。赤ちゃんが泣くのには理由があるっていうけど、理由なくても泣く時は泣くのよね。一人だと無理だったけど、アン夫人があやすのが上手いの」
ヴィオラは嬉しそうに話す。
その女が、俺たちの宿敵で、セバスティアン王とリリス王妃を殺したんだ。
そう言おうとしたのに...
目の前の穏やかなヴィオラが、殺したいほど憎い敵と過ごしていたのだと告げることができない。
俺は黙り込んでしまう。
だが、赤ちゃんは泣き続ける。
「あ、ああ!どうしよう!ほら、泣きやめ!」
必死で、赤ちゃんに頼み込む。
「アルフレード、泣き止めっていって、はい、わかりましたっていう赤ちゃんはいないと思うわ。」
ヴィオラが横から、よしよしって声かけて、ポンポン背中をさする。
「アン夫人はこれに歌も歌ってたわ。私もオリヴィアンの子守唄をもう少し覚えておくんだった。でも...」
「なにかあったのか??」
「ううん。この子じゃなくて、アン夫人なんだけど時々こっそり歌いながら泣いてるの。きっと戦争に行った息子さんを思い出してるのね。二人息子さんがいて、二人とも戦争に行ったんだって」
それを聞いて、胸が痛くなる。
いや、俺のことじゃない。
ヴァルターを思い出したんだろう...
ただ、ヴァルターは父に似て、黒い髪だったけどな。
「ところで、名前は決めたのか?」
赤ちゃん、赤ちゃんって、名前を聞いてない。
「洗礼を受けないといけないんだけど、こんな状況でしょう。オリヴィアンで受けさせたいけど受けられないし、フィレンタで受けさせるのも違う気がして。」
「男の子か?」
ふわふわな金色の産毛に、日焼けもシミもそばかすもない真っ白な肌、ふんわりピンクの唇を覗き込む。
「凛々しいでしょ?」
ヴィオラはムッとしたようにいう。
確かに泣きっぷりは男前なんだが...
「うーん、女の子みたいな雰囲気だな...」
実は俺の顔立ちは騎士みたいなキリッとした感じではなく女性的なのでコンプレックスだったりする。
ヴィオラもリリス王妃に似てふんわりしているところがあるが、目鼻立ちは力強い。
「俺似か?」
アルフレードは赤ちゃんの顔に自分の顔を近づける。
「間違いなく、アルフレード似だと思うわ」
それをみてぷっとヴィオラは吹き出した。
「男の子なら、セバスティアン王の名前を頂いたらどうだ?オリヴィアンの国民も喜ぶよ。きっと」
そう伝えると、
「そう..ね」
ヴィオラは涙を流した。
「洗礼式か。オリヴィアンではお披露目にして、グリモワールで早く洗礼をさせてやりたいな。ただ、移動が思ったより、負担がかかりそうで心配なんだが。」
「最低でも首がすわるまであと一ヶ月はやめた方がいいみたい。あと、安全が確保できるまではダメって。歩くぐらいまではここにいる方が本当はいいけど、きちんと移動に負担がかからないようにしてもらえるなら、フィレンタも色々ある都市だから、グリモワールの中部に行った方がいいってアン夫人が!」
またアンジェリカか。
言ったことは間違いじゃないけど。
「その、アン夫人なんだが...」
どう伝えようか迷っていると、ゴソゴソ羊皮紙を取り出す。
「これにアン夫人が、いろいろ育児のことを書いてくれていて、困ったら見ろって。すごい知識があって逞しいの。育児のこと以外にも勉強になったわ。どんなにヘルマンが口説こうとしても、鼻にもかけないの。すごくない?」
ヴィオラはキラキラした目で細かく書き上げた育児書を見せる。だが、俺はヴィオラの一言が気になっていた。
「ヘルマンが...口説く?」
まさか、アンジェリカを?
「そうよ!手を握った瞬間、叩いて足を踏みつけてたわ。さすがアン夫人よね」
ヴィオラは楽しそうに笑った




