9 静かな休息――王子と姫のひととき
無事に宴は終わった。
いろいろあったけれど、リリス王妃は母とは違い、優しい人だった。
俺はグリモワールから従僕を何人か連れてきていた。
けれど身の回りの世話は断っている。
「母の息がかかった者たちに近くで仕えられるのは、むしろ危ういし、オリヴィアンの人たちに迷惑をかけるかもしれない」
一人でそう呟く。
綺麗で、明るい日差しが差すだろうと思われる部屋を準備してくれていた。
「元々一人で大概のことはこなしていたしな」
だが、ドアをノックする音がする。
リリス王妃が薬を届けてくれる。
(だが、王妃は、母の妹だ)
そう警戒する。
一瞬、毒ではと身構えたが……
王妃は自分の肌に塗って見せる
「大丈夫よ。アルフレードさん、害はないわ。この薬塗ったら、痛みは減るからね」
そして、周囲に気づかれぬよう器用に手当をしてくれた。
「今日はゆっくり休んでちょうだい。明日の朝からは、みんなで食事よ。もう家族ですもの。
身の回りの世話は、こちらで従僕や侍女を用意するわ。口も堅い子たちだから安心して。」
そう言って微笑んだ。
「お腹空いたわよね、きっとヴィオラも文句言ってたから呼びましょうね」
そう言って、ヴィオラと一緒に食べる軽食を用意してくれる。おそらく「毒など入っていない」と知らせるためでもあるのだろう。
「ねえ、パーティーって、私たちは食べられないのね」
ヴィオラが不満げに唇を尖らせる。
「素敵なお菓子もありましたのに」
子どもみたいに唇を尖らせる仕草に、俺はつい笑ってしまった。
そしてハッとする。
(笑うなんて、いつぶりだろう。)
軽食は、パンに燻製のサーモンとチーズを挟んだものだった。
「……これ、本で読んだことがあります。魚の燻製。でも、生のような食感なんですね」
焼いてパサパサした感覚と違い、口の中でチーズとサーモンが一緒にとろけるような食感と塩気がパンに合う。
驚きと感心が混じった声に、ヴィオラは得意げに胸を張る。
「海の国だからこそよ。あ、アルフレード様は馬に乗られますか?」
「アルフレードと呼んでください。片目を気遣ってくださる方は多いですが……皆と同じくらいのことはできます。むしろグリモワールで、馬に乗れる女性は珍しいので、ヴィオラ姫が、お迎えに来てくださったことに驚きました」
思い出す。
白い息を吐きながら真っ赤な顔で笑っていた少女。
宴のときもそうだった。こんなに優しく、なんでもできる姫が自分の婚約者で良いのだろうか、と。
「でしたら、ぜひ一緒に海を見に行きましょう。朝日も夕日も、本当に綺麗なんです」
ヴィオラが屈託なく笑う。
俺は胸の奥がじんわりと温かくなる。
生まれて初めて、悪意や立場に縛られない人に触れた気がした。俺に笑いかけてくれる人なんて今までいただろうか?
けれど——結婚をするまでは、自分は人質。
「……私の行動は、皆の目に触れるところのほうが良いでしょう。結婚したら、ぜひ連れて行ってください」
目をぱちくりさせて、ヴィオラは残念がる。
「海、一緒に行けないの?」
それをそばで聞くリリスの顔が曇った。
「周囲のことを気にしているのね。でもこの年齢でそういう周りに配慮できるのってすごいことよ」
リリスはそっと話題を変える。
「この国には海軍があるの。だから、海を見る機会はまた作れるわ。……アルフレードさんは、どんな方に学問を習われたの?」
「母と祖父です。母は王妃様と同じヴァルトシュタインで教育を受けました。だから、自分の学びを私と弟に与えたいと。……それと珍しいでしょうが、祖父が直接指導しました。ご存知の通り、父と祖父の仲は悪いのですが。それでも、私を手元で学ばせたいと望まれたんです」
「そうなのね。ヴァルトシュタインの教えも受け継いでいるなんて、なんだか父も喜んでくれるわね。嬉しいわ」
リリスはにっこり笑う
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(なるほど……)
リリスは心の中で頷く。
だとしたら——アルフレードの傷は、やはり姉アンジェリカの仕業かもしれない。
自分も「勉強を見てやる」と言われ、何度も見えないところを扇で叩かれたことがあった。
あの姉アンジェリカが、勉強を自ら教えるなら相当厳しいだろう。妥協は許さないし、誰よりも一番ではないと耐えられない性格だ。
だがリリスからそれを聞いたセバスティアンは別の可能性を疑った。
「……いや、祖父エドガーではないか?」
エドガーは侵略や同盟で国を拡大した稀代の王だ。
オリヴィアンがどれほどエドガー王の動きに震えたことか?
だが、大きくしすぎたのだ。息子の現王フェリックスは、その広大な国を治める器がない。
結局、家臣の求心力を失い、内乱を招いた。
せっかく次代に継いだと思ったのに、結局フェリックス王の動きに納得できず再び、息子を傀儡にして復権しようとしている。
その孫、アルフレードは?
「片目を失った王子を「次の傀儡」として支配しようとしているのではないか?オリヴィアンで王になれば、その孫をまた動かすことが出来るからな」
セバスティアンとリリスは、押しつけられた婚約に苛立ちがあった。
だが、アルフレードの境遇と、今日の大人びた立ち回る様子をみて、同情せずにはいられなかった。




