89 国境の家に残されたもの
フィレンタ国境で
「窓越しで確認しました。ご無事で過ごされておられます」
と軽騎士から連絡を受けた時は、俺もヘルマンも思わず脱力した。
本当に母アンジェリカは、エドガーに、孫の安全の確保の依頼をさせるためにヘルマンを寄越したのだ。
国境に入り少し行くと、アンジェリカが住んでいたとは思えないほどこじんまりとした家にたどり着いた。
ヘルマンが
「アン夫人は?」
護衛していた海軍兵に聞く。
「急遽出かけないといけないことが起こったから、あとは頼むと告げられて、先ほど、お出かけになられました」
「先ほど!!」
俺もヘルマンも叫び声をあげる。
「ええ、グリモワール兵が赤ちゃんと姫の安否確認に来たら窓辺ごしに確認させろといわれて、言われた通り無事を確認して兵が去られたところで出ていかれました。」
「本当に今の今じゃないか!」
ヘルマンの顔が、険しくなる。
「追いかける!捕獲して連れてくる」
慌てて、そのまま馬を港に向かって走らせる。
豪胆すぎる。
ギリギリまでいたのか...
「今まで、よくご無事で。ヴィラ様も喜ばれるでしょう。
そうだ!来られたら、アン夫人から、必ず消毒をして入って、赤ちゃんに触れるのは入浴後だと伝えろと言われました」
アルフレードを見て喜びのあまり半泣きのオリヴィアンの海軍兵に脱力する。
なんでみんなアンジェリカの子分になってるんだ?
そんなことよりヴィオラの無事を確認しないと!
俺はやけっぱちのように酒精を浴びて家に入る。
部屋まで走り、急いで開ける。
そこには、いろんなことがあってずっと会いたかったヴィオラがいた。
ドアが開くのと同時に、ハッと気づいてヴィオラの顔からも涙が溢れ出る
「あ、アルフレード!!」
椅子から立ちあがろうとして、
「待って!ダメ」
ヴィオラが踏ん張るように立ち止まる。
「まずは体を洗って綺麗に服を着替えて!外からくる人にはそうしてもらえってアン夫人から言われてるの!」
涙がお互いこぼれそうな、抱き合える距離で、またアンジェリカが発動して邪魔をする。
くそっ!
だが、目の端に小さく壊れそうな赤ちゃんが見えると、俺も冷静になった。
「すぐ!すぐ綺麗にして戻る!!」
俺は叫んだ。
ーーー
俺は、全身丸洗い、しっかり体の汚れを落とす。
たしかに、汗臭いし、馬を走らせたから、泥汚れがひどい。
「アンジェリカがそんなに清潔にこだわるのは、やっぱり俺のことがあったからだよな」
幼い頃の記憶が蘇る。
幼い頃から剣の練習をしていた。
目が見えていたころにはむしろ泥だらけで、生傷を作っても
「水で洗って消毒したら治るわ。泣かないの!」
と諭された記憶がある。汚れたなんて言われたことはない。
でも、そういいながらも抱っこしてくれた。
まだ小さかったからな。
ヴァルターが生まれた時のことも覚えている。
出産室にいて今のように限られた人しか入れない。
だが、父もいない。
身の回りをしてくれる侍従だけだ。
部屋は、ほかの人が子供を入れてはいけないと言っているのに外から声をかける俺に中に入ってくるように手招きして呼び寄せた。
「寂しい思いをさせてごめんね。ご飯は食べた?眠れてる?」
そう、あの頃は優しく聞いてくれた。
産まれたばかりのヴァルターに病がうつったらいけないから、体を洗えとか言われたことはない。
やっぱり、俺の目のことで敏感になっているのか。
その後の関係がいいわけではないから、懐かしいことを思い出したからって、アンジェリカに良い感情なんてないが、トラウマにさせてしまったのは事実のようだ。
綺麗な服に着替え、口に布を巻かれやっと部屋に入ることが許される。
「アルフレード……本当に、来てくれたのね」
ヴィオラの声は震え、涙に濡れていた。
「やっと会えたな」
俺はヴィオラを抱き寄せる。
「一番辛い時に、側にいられなくてすまない」
「違うの……。あなたのせいじゃない。でも、ただ……ずっと、会いたかった。たくさん色んなことがあって。お父様もお母様も...オリヴィアンも守れなくてごめんなさい」
小さな体を震わせ、俺の胸にすがりつくヴィオラ。
温かさが、切なさと同時に胸を満たしていく。
「守ってくれたじゃないか。俺と君の子供を。そして、君自身を。ヴィオラがいなかったら、俺は死んでた。」
ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。
「必ずオリヴィアンも取り戻す。お前も、赤子も……俺が守る。もう二度と離さない」
俺の言葉に、ヴィオラは涙をこぼしながらも、笑みを見せた。




