84 生まれ落ちたのは、あなたの面影
秋に入り、私は臨月に入る。
アン夫人の準備は抜かりない。
私の出産のために選ばれた人たちもお産の準備に入る。
「ヘルマン、あなたと一緒に船できた人たちは多少の腕は立つのよね?」
ヘルマンの目が泳ぐ。
海軍だから立つに決まってる。
だが、普通の水夫は立つのか?
いや立たない。
だからヘルマンは迷っているのだろう。
「立とうと立たないだろうとどうでもいいわ。彼らをみんな呼び戻して。私が護衛で全員雇うわ」
どう答えようかと私とヘルマンが一瞬考えたのに...
アン夫人は聞いたけど、答えなど待っていない。
腕が立つのよね?と聞いたからには立たせろということなのだ。
(アン夫人、相変わらず強すぎるわ。たしかにここからは赤ちゃんに危険が伴うけど、どうして?)
「出産で色んな人が出入りするのよ。前のメイドみたいに、色んなところに目と口があると思った方がいいでしょ。ヘルマン一人の護衛なんて怖すぎるわよ。でも、人選するなら、ヘルマンの知ってる人の方が安全じゃないの」
理にかなっている。
このお屋敷は、アン夫人がヘルマンに用意させた最低限の3名の年配メイドだ。
年配のメイドが私用とアン夫人用、そしてお産の補助用にいるだけなのだ。
あとは護衛のヘルマン。
護衛と言いつつ、庭掃除から家の補修など、なんでもやってしまう。
でも、私のお産にみんながかかりつけになったら...
確かに護衛は欲しい。
そのため、一気に家の周辺からドアの入り口まで、見知った海軍兵が護衛として雇われ、守り始めた。
そんな安心感に包まれるある日ーー
腹を締め付ける痛みに思わず息が止まった。
陣痛が始まったのだ。
「はぁっ、あぁ……っ!」
痛みで視界がかすむ。助けなんて呼べない。
ただ必死に呼吸を繰り返す。
アン夫人が私の手を握り、背中をさすってくれる。
「しっかり! この子を守るのはあなただけよ!」
耐えきれず、あまりの苦しさに、思わず叫んでしまった。
「アルフレードッ……!」
――会いたい。そばにいてよ。
この子が生まれる瞬間を、あなたに見てほしかった。
「そうよ!あなたが、アルフレードに、お父さんに必ず会わせてあげるの。だからもう少し頑張るの」
アン夫人の手が、優しく私の髪を撫でる。
一瞬“しまった“とドキッとする。
でも、痛みでそれどころじゃない。
普通は、アルフレードって言ったってグリモワールのアルフレード第一王子だなんて誰も思わないわよね。
そして――
ほぎゃあ! ほぎゃあ!
産声が響く。
涙で滲む視界の中、抱き上げられた小さな命。
薄い金髪。白い肌。小さな手。
――アルフレードに、そっくり。
「……アルフレード……」
名前を呼んだ瞬間、堪えていた涙が溢れた。
「ヴィラ、よく頑張ったわ」
アン夫人が抱きしめてくれる。
(見てるよね。お父様もお母様も)
部屋の外で、護衛たちが声もなく泣いていたと聞いた。
そのことが、胸に温かく沁みる。
ヘルマンも特別に入ってきた。
入るまでに散々体を洗って清潔にして、服も専用のものを着て、布で口を隠して。
赤ん坊を抱かせてもらうことは許されなかったけれど――
「……似ているな」
それだけ言って、声を詰まらせ、涙を浮かべた。
わかっているわ
きっとお父様とお母様とアルフレードのかわりにこの子の誕生の瞬間を見てくれているのよね。
色々あったけど、ここまでヘルマンが本当に命懸けで私をここまで連れてきてくれたことも、どれだけ大変だったかも、本当はわかっている。
「アン夫人、ヘルマンに抱っこはさせてあげられないかしら?」
私はアン夫人に頼んでみると目を三角にされて怒られた。
「何言ってるの!どこの女を触ってるかわからない手で触らせられる訳ないでしょうよ。見せるだけでも腹立たしいのに!」
アン夫人からすれば、ヘルマンは今回は特別待遇らしい。
ヘルマンからしたら孫の設定のはずなのに...
もはや私も忘れそうになる。
思わずぷっと吹いてしまった。
私の体にも赤ちゃんの体にも、ここから怖いのは感染症や流行病だ。
「しっかり体力がついても危ないのよ」
アン夫人の話に頷く。
アルフレードだって、5才だったのに流行病で命の危険に晒され、片目は見えなくなったのだ。
そのぐらい、気をつけて過ごさないといけない。
アン夫人の元で産ませてもらえなかったらどれだけ危なかったか想像がついた。
「アルフレード...あなたに会いたい。赤ちゃんを会わせたいわ」
私はすやすや眠る赤ちゃんをみて、そう呟いた。




