83 交錯する正義と悔恨
夏の空に、入道雲がもくもくと立ち上がっていた。
額を伝う汗をぬぐいながら、俺――アルフレードはグリモワール王城へ戻る道を進んでいた。
グリモワール南部の制圧は完全に終わり、南部のヴァルトシュタインの残兵は全員とはいかなくても、ほぼ捕らえた。
オリヴィアンとの戦でヴァルトシュタインは大きな被害を受け、いまは兵を入れ替えているだけで目立った動きはない。
だからこそ、本来俺が望んでいた北部への増兵は叶わず、代わりに南中北の騎士団長たちが自分の持ち場へ帰ることになった。
「アルフレード。この後は王都の復興と、ヴァルトシュタインに加担した貴族や捕らえた兵の処遇を考えてほしい」
エドガーの頼みを断るわけにはいかない。
――だが。
俺の胸の奥では、オリヴィアンから遠ざかるほどに痛みが増していた。
待ってくれる人たちを裏切っているようで、喉が詰まる。
それでも……あの国を取り戻すには、正統な後継者であるヴィオラが旗となるしかない。
その彼女は、もうすぐ出産の時期を迎えるはずだ。
無事でいてくれるだろうか。
「今は……仕方ない。ヴィオラのこと、エドガーに相談しておかないと」
俺がどんなに北にいても、仕方ないのだ。
オリヴィアンを取り戻そうと本気で思うのならば、必ず未来の王であるヴィオラを早く見つけないといけない
王城に戻ったら、オリヴィアンと繋がりのある都市国家を探り、彼女やヘルマンの情報を得よう。
必ずどこかの都市に、船で入った痕跡が残っているはずだ。
王都へ入ると、焼け跡はまだ残っていた。
炊き出しの列に並ぶ孤児や民の姿もある。
だが、それでも俺を見て歓迎してくれる。
――父の時代とは違う。
彼らは明らかに明るい表情をしている。
この荒れ果てた状況すら、彼らにとっては希望なのだ。
父が何を考えていたのか、俺には理解できない。
王城も別宅も豪華絢爛。まるで民の苦しみを無視するかのように。
息子に無関心で、時には殺意すら見せ、挙げ句に南部騎士団の育成を放置した。
……一体、何を望んでいたのか。
けれど今、エドガー王の指示のもと、道は復旧し、物資も騎士団も動けるようになった。
城は必要な部分だけを修繕し、無駄な贅沢を削った。
使用人も不満を漏らすことなく、エドガーの指示に従っている。
南部騎士団も鍛え直されている。
――やはり、上が変われば、国も変わるのだ。
「エドガー王、北部より戻ってまいりました」
俺は王城に戻ると、祖父上――エドガー王のもとへ向かった。
「よく帰ってきてくれたな。……オリヴィアンの件は聞いた。間に合わず、すまなかった」
その顔は曇り、申し訳なさそうだった。
「いえ。雪解け後の攻撃なら防げると思っていたのに……向こうが一枚上手でした。冷静さを欠いて北の増兵を願ったのも、私の未熟です」
「そんなことはない」
エドガーは苦虫を噛み潰すような表情で首を振る。
「ヴァルトシュタインの動きが読めなかったのは事実だ。お前が北にいてくれたからこそ、私は安心していられた。北の増兵は本来なら正解だ。……ただ、南部がこの有様ではどうにもならんかった」
俺は黙ってその言葉を聞いた。
「フェリックスは……王になるべきではなかった」
エドガーの声は低く、苦悩がにじんでいた。
「アンジェリカの掲げた大義名分も、間違ってはいなかったのだ。アルフレード、お前を苦しめたのも、南部を荒らしたのも……元を辿ればフェリックスだったのだから」
母の名を出され、胸がざわつく。
「……だからといって、ヴァルトシュタインの人間を手引きするなど許されません。母はグリモワールの王妃であるはずです。ヴァルトシュタインの姫ではない」
語気を強める俺に、エドガーは悲しげな目を向けた。
「アルフレード……そう言われると、私は辛いのだ」
「……?」
「お前はオリヴィアンの婿養子。あの国の王配となるはずだった男だ。本来ならグリモワールの王子ではない。それなのに……私はお前を、この国の王に据えようとしている」
思わず言葉を失った。
「立場が変われば、正義も変わる……アンジェリカにも、フェリックスにも、それぞれの理があったのだろう」
エドガーは苦しげに目を伏せる。
「私は二人がまだ生きていた時に、どうしてもっと語り合えなかったのか……今となっては、悔やむばかりだ」
切なげな視線が、俺を射抜いた。




