80 雪解けの戦略
俺は北部拠点に戻り、エドガーからの返答を待つことにした。
ヴァルトシュタインは次にどう動くのか。
グリモワール北部を攻めるのか。
それとも、ヴァルトシュタインの北にあるヴァレンティアか。
あるいはオリヴィアンの安定に努めるのか。
「……いや、本国の兵と前線の兵を入れ替える可能性もあるな」
つい口に出してしまう。
オリヴィアンは落ちた。
それでも、望む望まないに関わらず――俺はグリモワールの王位継承者だ。
この北部を守らなければならない。
けれど今回、ひとつ大きな収穫があった。
ヴィオラが王都にはいなかったこと。
東の港町に派遣されたあと行方不明になったこと。
そして、ヘルマン提督の姿も消えているという事実だ。
胸の奥が少し軽くなる。
自然と、口の端がゆるんだ。
最近、報告を聞くたびに怖くなる。
もしヴィオラに何かあったら――その報告を聞いたら。
その瞬間、俺の生きる理由は消えてしまう。
冷え切った体を温めるため、湯をひと口。
じんわりと喉を下っていく感覚に、ほっと息をついた。
(ヴィオラも……妊娠した体で、雪の中を東の港町へ移動したんだよな)
セバスティアン王が、わざわざ彼女を王都に戻すだろうか。
……それは考えにくい。
おそらく王は、王位継承者であるヴィオラを逃がそうとしたのだ。
女性や子どもたちの護衛や移動支援。
そうした任務ならヴィオラに命じても不自然じゃないし、逆らえもしない。
「やっぱり、セバスティアン王はすごいな……」
思わずため息が漏れる。
あの短い時間で避難をここまで進めたのか。
王は、雪の中をヴァルトシュタインが攻め込んでくると見抜いていたんだ。
「俺には読めなかった……王には読めていたのに」
自分の未熟さと、王の先を読む力との差に、胸が痛む。
ヘルマン提督が行方不明ということは...
ヴィオラを連れて逃げるように指示されていたのだろうか?
もし逃げるとしたらどこだ?
ヴァルトシュタインの追っ手が入りにくいところ。
「ヴァレンティアはないな。次にヴァルトシュタインに狙われるかも知れないんだし」
だとしたら、都市国家のどこかの都市か?
ただ、都市国家はヴァルトシュタインを支援していることもあるし、いつ手のひらを返してくるかわからない。
数カ所都市は浮かぶ。
ここ6年の間に、ヘルマンに様々な都市国家を見せてもらった。
グリモワールのような大国、オリヴィアンのような資源あふれる小国をみてきたが、都市国家はそれぞれに文化や政治、宗教が入り乱れ、それぞれが異なる個性を作り出している。
政治的なやり取りより損得勘定で動くイメージだ。
今のところ、ヴァルトシュタインと不仲でグリモワール、オリヴィアン両国と交易をしているのはフィレンタか..
都市国家は、ヴァルトシュタインのように侵略国家に対する抵抗感が強い。
グリモワールは、エドガー王の時代はフィレンタとあまり関わりはなかったが、母アンジェリカが芸術に理解があり、交易が始まったと聞いている。
「グリモワールは金持ち貴族が多いから、パトロンとしては最適だもんな」
俺はため息をついた。
皮肉にも、グリモワールにいた時は、母と不仲な自分がフィレンタに行く機会はなかった。
ヘルマン提督に海軍訓練の傍ら付き添うようになり、あの都市に何度か行ったが、華やかさと活気に驚いた記憶がある。
そして、ヘルマン提督の女性を口説く技術と女性に対しての巧みな話術をみながら、ヴィオラへの接し方の勉強をしようとしたのだけど...
ヘルマン提督は...
ふと気づいたら、初対面なのに女性の手を握る。
少し話したら、手は腰にまわっている。
ハッと気づいたら目の前で口づけしている。
俺はいたたまれなくなり、席を外すというパターンだった。
ヴィオラは表面上の関わりを嫌うし、俺はヴィオラに対してだけはすぐ緊張してしまって、そんなふうに触れ合えることはなかったな。
ファーストキスの時も、ヘルマン提督を見習って甘い言葉を並べたら、いつも丸め込もうとするって俺は怒られた上に、唇を奪われた。
抱きしめて、キスを毎日しようとしたら重いって言われたし。
うーん、ヘルマン提督の恋の訓練は勉強にならなかったな。
もし、ヴィオラがフィレンタにいて、ヘルマン提督の裏の顔を見たとしたら...
「ヘラヘラして!そんな顔、私の前でしたら許さない!」
って俺にいうように、ヘルマンにも怒るのかもな。
アルフレードは想像するとおかしくなった。




