78 命じるべきは私
ヴィオラはどうしたら良いかわからなかった。
わたしの周りで、こんなふうにリアルな痴話喧嘩を見たことがない。
わたしとアルフレードの喧嘩も色々あったけど、浮気をうたがったことはなかった。
騎士同士なら拳で話し合うんだけど。
それなら見たことあるけど。
女同士の戦いは口なのね。
お母様とお父様はいつも仲良しだったし、お母様が怒鳴る姿は見たことがなかったのだけど。
すごい迫力だわ。
わたし、王になったらもう少し口も達者に訓練が必要かしら?...そうか。
王になるどころか、今、逃げてるのに。
せめてアルフレードのために、この女の戦いに勝てる口攻撃は身につけないといけないのかもしれない。
「ヴィラさん、うちで全部準備するわ。身一つでいらっしゃい」
「えっ!えっ??」
アン夫人の圧は別格だ。
すでにこの空間を支配している。
というより、誰の意見も話も聞かない。
全てを自分中心に回し、言うことを聞かなかったら殺しそうな勢いだ。
「えっ?じゃないの。あなたぬるすぎるわ。
あなたの仕事は何?無事に子供を産んで夫の手に赤ちゃんを抱かしてあげることでしょう。
なんで、ヘルマン...じゃなかったお父様に遠慮してるの?あなたがお父様に命じなくて、振り回されてどうするの?あなたが、従わせないでどうするのよ!」
そして、説得力がある。
わたしは姫で、王になるのになんで、ヘルマンさんに遠慮してるんだろう?
わたしはアルフレードに無事に赤ちゃんを会わせないと。
お父様とお母様は、私を逃がしてくれたのに、私自身も逃げてどうする?
「ありがとうございます。アン夫人。次の先を父に探させますから、それまでお世話になって良いですか?」
「ヴィラが行くなら、その...娘のそばにいさせてほしい。邪魔はしない。女も入れない!本当だ!」
ヘルマンが慌てて頼み込む。
そっか、ヘルマンさんに決めてもらうんじゃなくて、私が考えて動いてもらわないといけなかったんだ。
アン夫人は、ヘルマンをひと睨みしてふんっと踵を返した。
ヘルマンさんの色仕掛けとか、足元にも及ばないタイプだわ。
とりあえず、アン夫人がほだされて、ヘルマンさんと恋仲になることはなさそう。
私はホッとする。
ーーー
アン夫人は家に到着次第、給金を渡して、メイドにクビを言い渡した。
「うちにスパイはいらないの。出ていってくれるかしら」
メイドさんは、涙を浮かべながら出ていく。
なんだか、心苦しくなってくる。
「ヘルマン!仕事よ」
「へ?」
「へ?じゃない。明日までに絶対に口の固い、そうね年寄りがいいわ。コミュニティから外れてるけどお産経験のあるメイドを探してきて。金に糸目はつけない」
「あ、ああ。わかった。わかりました」
ヘルマンもアン夫人の圧に逆らえないのか、それとも、口の固いメイドが必要なのは一緒なので利害が一致したのか?
とにかく、アン夫人は、ヘルマンを自分の従僕のように扱い始めた。
居候だものね。私も従僕みたいなものか。
そう思っていたが、自分にはとても温かい、日差しの差し込む素敵なお部屋に案内される。
「助産婦だけじゃなくて、お医者様もいた方がいいわね。
あとは、外商を呼ぶわ。服も楽な方がいいし、お産の準備や赤ちゃんのものも揃えましょうね」
先ほどの迫力とは違う。
むしろ、ヘルマンさんに対する態度と180度違う。
母リリスを思い出してしまう。
「あ、ありがとうございます。」
じわっと涙が滲む。
なんか安心してしまう。
アン夫人も息子さんが戦争に行っているし。
こうやって、わたしの世話をしている方が気がまぎれるのかもしれない。
「ほら、泣かないの。しっかり食べて、体を休めて、大仕事に備えましょうね」
その声が懐かしい母リリスに似ていて、わたしは再び涙を流したのだった。




