7 化け物と呼ばれた王子、その背に隠された痛み
母リリスは、娘ヴィオラの凄まじいカリスマ性に、思わず息を呑んだ。
(夫のセバスティアンより……)
リリスは小さくつぶやく。
私の異母兄ジュリアンに、どこか似ている――。
グリモワールが東の大国なら山脈を挟んだ西の大国がヴァルトシュタイン。リリスはそこのニノ姫だ。
ヴァルトシュタインもまた、父と兄の家督争いで揺れていた。
兄ジュリアンと姉アンジェリカは前妻の子。
リリスは、妾から前妻の死後、後妻になった母から生まれた妹だ。
ジュリアンは穏健派の父とは正反対。
前妻の家の力を借り、さらに領土を拡張しようとする野心家である。
大国ヴァルトシュタインを維持するだけでいいと考える穏健派を、攻めこそ最大の防御だと説得できるカリスマ性も持っていた。
そしてヴィオラ――。
あの一言で、アルフレードを嘲笑した者たちを一瞬で王家への反逆者に仕立て上げる力を持っている。
アルフレード王子もまた、十二歳とは思えぬ冷静沈着さを見せる。
目つきも、対応も、疲れすら見せず油断は一切なし。
姉アンジェリカを彷彿とさせる。
――もしアルフレードがヴィオラに危害を加えたら
リリスは、ぞっとした。
アンジェリカは外見こそ完璧な令嬢だが、見えないところでは残酷だった。精神的にも肉体的にも嫌がらせは日常茶飯事。扇子で叩かれることもある。
妾から妻にのしあがった母の娘なんて、前妻の子からしたら敵でしかない。
姉妹同士で温かい交流など、皆無だった。
そんな姉の息子、アルフレード。十二歳の男の子だ。
先ほどのことで、逆上してもおかしくない。
リリスは宴の空気を取り繕った後、執事に声をかけ、急いで王を呼ばせる。
セバスティアンは、面子を潰されたレオンたちを含め、アルフレードに嫌味を言った貴族たちのご機嫌を取りつつ宴をつなぐ。
その間、リリスは二人のいる部屋へと駆け込む。
扉を開けると、そこにはぐっすりあどけない顔で眠るアルフレードとヴィオラの姿があった。
「二人とも、大丈夫?」
声をかけると、ハッと目を覚す。
「アルフレード様!信用していただいたのに……ごめんなさい。私も、つい……」
ヴィオラは顔を真っ青にする。
啖呵を切った緊張の糸が、緩んだのだ。
起こすと言ったのに一緒に寝てしまった!!
アルフレードも瞬きし、リリスの方を見やる。
「どのくらい不在でしたか?」
「大丈夫よ。最後にご挨拶だけで。今は王が取り仕切っているから。ごめんなさいね、あなたを守れなくて」
リリスは二人に詫びる。
二人の寝顔を見たとき、リリスは反省した。
こんな子たちを、大人が疲れさせてどうする――。
しかも、何かするんじゃないかと疑うなんて...
「すぐ会場に戻ります。ヴィオラ姫、気にされないでください」
落ち込むヴィオラにも、アルフレードは気遣いを忘れない。
思いやりのある子だ――アンジェリカの子とは思えない。
「待って、服が少し崩れているわ。直しましょう」
横になったことで、服に皺が入っている。
リリスはヴィオラも部屋に戻し、侍女に服と髪を整えるように指示を出す。
そしてアルフレードとリリスは二人きりになる。
気まずい空気が流れた。
先ほどのフォローをしたいが、どう声をかけようか?
王の判断も必要かもしれない。
アルフレードがシャツを脱ぐと、背中に大量の内出血の跡が見えた。
「ひゅっ……!」
リリスは息を呑む。
これは明らかに折檻された跡だ。
「あの、アルフレードさん……この背中の傷は……?」
まさかアンジェリカ――?
自分の過去と重なり、胸が痛む。
アルフレードはハッとした顔をし、言った。
「いえ、訓練中に受け身をうまく取れなくて……」
誤魔化そうとしているのだろう。
(違う……!)
リリスの心は叫ぶ。
「アルフレード様、誰を守ろうとしているの?」
問い直す。
アルフレードはため息をつき、まっすぐリリスを見据える。
「王妃様、この傷はオリヴィアンでついたものではありません。外交上も問題はなく、動きにも支障はありません。どうかお忘れください」
リリスはハッとした。
第一王子のこの体にこれだけの傷をつけた者を守ろうとしている。
こんな子に、グリモワールは何をしているのだろう。
誰がこんなことを。
同時に、先ほどアルフレードを守ろうとしなかった自分の行動が、恥ずかしく思えた。
(私も同じかもしれない)
リリスは唇を噛み締めた




