67 国境に燃える心
アルフレードはグリモワール北部拠点に到着した。
もう国境は目と鼻の先だ。
この先に進めば、ヴィオラがいるかもしれない。
北部拠点は、オリヴィアンとほとんど変わらない積雪量だった。
「先日から少しずつ雪解けが始まりました。それでも、まだ相当積もっています。ヴァルトシュタインがオリヴィアンへ攻め込んだと聞いた時は、本当に驚きましたよ」
出迎えたのは、北部騎士団副団長リュカだ。
年齢はガスパーと同じ二十代後半ほど。目鼻立ちのはっきりした北方特有の顔立ちで、白い肌と鍛え上げられた体が目を引く。
ガスパーが典型的な「騎士」なら、リュカは猟銃を扱う山の男といった雰囲気だ。だが剣の腕も確かだと聞く。
「北はヴァルトシュタインが山越えで攻めてくることを想定した訓練が多いですし、山岳民とのやり取りもあります。だから弓や猟銃といった飛び道具を使う機会が多い。雪が積もれば身動きが取れず、剣は使いにくいのです」
無表情なガスパーとは対照的に、リュカは爽やかな青年だった。
「国境のオリヴィアンの兵からは、アルフレード様の自慢話ばかり聞かされていました。正直、悔しかったです。ぜひ落ち着いたら手合わせをお願いしたい」
「こちらこそ教えていただきたい。俺は弓や銃は的にしか向けたことがないから。オリヴィアンには山で戦う機会がないのでね」
二人の笑い合う姿を、ガスパーは不思議そうに眺めている。
おそらく彼の中では、俺はヴァルターと同じ剣の腕前なのだろう。
グリモワールの騎士団から話を聞いても碌な噂は聞かないし、歳を重ねてもきっと練習していないに違いない。
――
「正直なところ、ヴァルトシュタインの動きが読めないので、兵の増援は助かります」
リュカの言葉は何気ないものだった。だが胸に突き刺さる。
本当は、北部の増員のためではなく、オリヴィアンを助けに行くはずだったのだから。
ここで足止めを食らう現実が、悔しくてたまらなかった。
「今は北部も中部も、騎士団長が南部制圧に出ています。兵もかなりの数が南部に応援に行きました。ヴァルトシュタインがオリヴィアンを攻めたので助かりましたが、グリモワールだったら防衛線が持ったかどうか……」
リュカに悪気はない。
彼にとって目の前のアルフレードは、あくまでグリモワールの第一王子であり、次期王位継承者だ。
――オリヴィアンの王配ではない。
ぐっと笑顔を作ろうとするが、うまく笑えない。
「リュカ、アルフレード様の奥方の行方は不明なのだ。口を慎め」
ガスパーが俺の顔を見て、ハッと気づきリュカに厳しく叱責する。
「いや、グリモワールからみたら人質のように思われていただろうから仕方ない。だが私はオリヴィアンで王と王妃に育ててもらったんだ。……政略結婚だったのに、姫とも想いを通じ合わせることができて……」
言葉の途中で、嗚咽が漏れた。
兵たちの前で、何を言っているんだ、俺は。
「本当はすぐにでも向かいたい。姫を……大切な人たちを助け出したい。けれど、俺は無力で……何もできないんだ」
すぐ近くにいるのに、手が届かない。
未来の王であるはずの俺が、冷静でいられない。
「……すまない。感情的になってしまった。ガスパー、皆に休養をとるよう伝えてくれ。俺はもう少し国境に近い防衛線へ進み、兵の声を聞いてくる」
「お供します」
アルフレードの涙を見て固まっていたガスパーが、はっとしたように声を上げる。
「いや、いい。ここまで駆けてきたんだ。休んでくれ。俺はゼノス先生たちの情報も集めたい」
「それなら私が。……先ほどは無神経なことを言ってしまい、申し訳ありません」
リュカが申し出る。
「いや、こちらこそすまない。私情を交えるべきじゃなかった。まだまだ未熟だな」
そう笑い、アルフレードは涙を拭うと、すぐに声色を整えた。
その速さに二人は顔を見合わせる。
――あまりにも、エドガー王とも、フェリックス前王とも、ヴァルター王子とも似ていない。
噂では第一王子はすごいと聞いていたが...十九歳にして、この自制心。
(……やはり、この方こそが王となるべき人なのだろうか)
確信が胸に宿る。
だが、当のアルフレードにとって王位などどうでもよかった。
防衛線の先にヴィオラがいるかもしれない――ただそれを思うだけで胸が苦しくなる
「……生きていてくれ、ヴィオラ。必ず、この手で迎えに行く」
その声は雪解けの冷たい風にさらわれ、誰の耳にも届かない。
けれど彼の胸には、確かな熱となって燃えていた。




