64 間に合わなかった男の祈り
ヴィオラが船の上で王と王妃の最期を知った少し後、アルフレードも兵からその訃報を聞かされていた。
ーーー
報告を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「ま、まさか……まだ雪が積もってるだろ! おい、嘘だろ。誰からの情報だ!? 嘘の報告じゃないのか!」
泥まみれで駆けつけてきた兵に、思わず詰め寄ってしまう。
命懸けで伝えに来てくれたのに……
ダメだ、落ち着け。冷静になれ。
そう言い聞かせても、手が震える。
拳を握りしめても、感情が抑えられない。
――王と王妃が……!
俺は、間に合わなかった……!
「ヴィ、ヴィオラは!? 姫は! 俺の妻は……どうなった!?」
声が掠れていた。聞きたくないのに、聞かずにいられなかった。
「……奥方様は安否不明です。王と王妃は自害。シリル騎士団長も戦死しました。ただ、王都への被害はありません。敵は王と王妃の死をもって全面降伏を受け入れたとのことです」
安否不明。
シリル団長まで……。
なんでだ。
なんでヴァルトシュタインはこんな雪の中で攻めてくる!?
戦争じゃなく、凍死者を増やすだけじゃないか……。
ヴィオラは……?
あの性格だ。
王位継承者として前線に立ったかもしれない。
けれど――。
俺は彼女の手紙を思い出す。
《あなたに会って、子供を抱き上げてもらうまでは死ねない。必ず生き延びるから、あなたも絶対に無事でいて》
……そうだ。
あいつは生きてる。生きてなきゃおかしい。
きっとどこかに隠れているはずだ。
外の気温は低い。
にも関わらず額や背中から汗が吹き出す。
「オリヴィアンの戦況を、もっと詳しく教えてくれ。……早すぎる。あの王と王妃が、こんな数日で落ちるはずがない」
兵は震えながら答えた。
「仰る通りです。ですが、敵は大軍で……防衛線が突破されかけたその時、王と王妃が自害されることで、降伏を決断されたと。
必ず、オリヴィアンは取り戻す。だから全員生きろと遺言を残されたそうです。王都の被害はゼロです。むしろ、占拠したヴァルトシュタインの方が死亡も負傷者も多数です」
「……わかった。下がれ。ありがとう」
震えているのに、気づかなかった。
頭は混乱しているのに、心臓だけがやけに速く打っている。
――セバスティアン王は、決断を下したのだ。
籠城してくれていれば、まだ生き延びられたはずだ。
でも、オリヴィアンは取り戻す...誰が?
俺とヴィオラしかいない!
ヴィオラはどこへ逃げてる?
国民に紛れてるのか? 危険すぎる。
……いや、もしかして海軍?
あのヴィオラが、セバスティアン王とリリス王妃の自害を黙って見ていたなんて考えられない。
そうだ!海を渡っているからそばで止められなかったのでは?
かといって、二人から離れるのもあの性格じゃ難しい。
絶対に王と王妃の盾になるといいそうだ。
どうか避難していてくれ……!
頼む、ヴァルトシュタインに捕まってなんかいないでくれよ!
悪い想像ばかりが頭をよぎる。
でも考えてる暇なんてない。
――早くオリヴィアンを奪還しなければ。
もしオリヴィアンの王都にヴィオラがいたら?
もし捕まっていたら?
もうそろそろ、お腹が少しずつ出てくるころだ。隠しきれない。
いや……バレたら命がない。
「ヴィオラ……生きてるよな。俺は信じてる。必ず助けに行く。絶対に……!」
そう心に誓い、俺はすぐに祖父エドガーへ書状を送った。
グリモワール北部の防衛線を強化してほしいと。
兵にも次の計画を伝えようとした、その時だった。
「ゼノス先生!!」
ハッと思い出す。
ゼノスと近衛兵を、中部拠点で先にオリヴィアンへ帰らせていたのだ。
まさにその頃、戦場の防衛線にいたはず……!
俺が一緒じゃないなら、グリモワールの拠点も使わず野営で進軍してるだろう。
もうすでに抜けてしまったかもしれない。
「くそっ……こんなことなら、一緒に行こうって言えばよかった……!」
祈るように、途中で異変に気づいて引き返してほしいと願った。
だが、その願いは――叶わなかった。




