59 託された未来
アルフレードからの報せが届いた。
――グリモワール南部制圧が完了、そして一万五千の兵を率いてすぐに向かう、と。
だがその時すでに、オリヴィアンはヴァルトシュタインの侵攻に晒されていた。
セバスティアンは報告を手にしたまま、目を閉じる。
必死に戻ろうとしているアルフレードの姿を思い浮かべ、一筋の涙を流した。
「アルフレード……すまない」
声が震える。
グリモワールの王子でありながら、誰よりもオリヴィアンの民として生きようとした少年だった。
もっと最初から優しくしてやればよかった。
それでも、あの子は妻や娘に優しかった。
国を思ってくれた。
今ならグリモワールという大国の王となれる立場にいながら、オリヴィアンの死地へと駆け戻ろうとしている。
――私は、彼にとって良き王で、良き父でいられただろうか。
ヴァルトシュタインのジュリアン王というのは、知的で戦略家だが、人としては...
セバスティアンはため息をついた。
雪の中を進軍することはあり得ない。
誰もがそう思っていたが、ヴァルトシュタインはセバスティアン王の読み通り雪解け前に進軍してきたのだ。
雪の中を進軍しない理由は、それだけの気温の中で戦う場合凍死することもあるし、進みが遅くなる、体力を奪う、食料や物資が届きにくいなどいろんな理由がある。
雪国で戦いに慣れたものたちでも大変なのに、ヴァルトシュタインはグリモワールと同様に北部の一部以外は雪は降らない。兵も慣れていない。
つまり、普通の戦いより多くの犠牲がないと成立しないのだ
ジュリアン王は、グリモワール南部を攻める時といい、他のものが考えつかないだろうというような自分の能力をひけらかしたい性質があるのだろう
そして、リリスの情報から野心家で冷酷な一面を聞いていたので雪解け前に迫るのではないかと思っていたのだ。
これが、雪解けしない時なら完璧な作戦だっただろうに、グスタフ王が死んで早く権力をひけらかしたかったのだろうか?
とはいえ、オリヴィアンは負ける。
向こうも、相当な被害を出しながらここにきているのは想像できる。
防衛線の戦いはすでに何日か続いている。
今少しでも多くの国民を救うために、自分たちは城門を締めて籠城していた。
ただ、それでもヴァルトシュタインの方が数が圧倒的に多い。
アルフレードが15000の兵を連れてきてくれているが、間に合わないし、間に合ったとしても勝てるかと言われると厳しい。
シリル騎士団長は、私のために前線で死にたいと防衛線の指揮を取っている。
だが、いずれ防衛線も城門も破られ王都は、血の海になってしまう。
オリヴィアンの国境から防衛線まではいくつか集落があり、避難ができるものは避難させたが、全員とはいかなかった。
残ったものたちは、すべて惨殺されたらしい。
女性や子供、年寄りなど無抵抗であろうと関係ないのだ。
ヴィオラーー
必ず生き抜いて、この国を守ってくれ
アルフレードーー
必ずヴィオラを支えてくれ
「リリス、私たちの選択はこれでいいね」
セバスティアンはリリスに微笑んだ。
「ええ、私たちは見ることは出来ないけど...あの子たちは必ず戻ってみんなを助けてくれます。それに、兄はあなたの首だけでなく、私の首も狙っていると思います」
王妃リリスの手を握る。二人は静かに抱き合った。
最後の口づけを交わす。
「君が私の妻でよかった」
「それは私の台詞よ。オリヴィアンに来て、初めて幸せを知ったわ」
決意は固まっていた。
ーーー
セバスティアン王は、宰相マクシミリアンと副団長リチャードを呼び寄せる。
「聞いてほしい。これから私とリリスは自害する。その上で降伏を伝え、ヴァルトシュタインの属国となれ。民の命を守るのだ。だが心までは渡すな。必ずアルフレードとヴィオラが戻り、再び国を取り戻す日が来る」
二人は愕然とする。
「まだ、戦えるはずです!」
「もちろん、最後まで戦うこともできる。だが、それではすべてが無に帰す」
セバスティアンは微笑み、リチャードに頷いた。
「これは終わりではない。属国となっても、戦いは続くのだ。マクシミリアン、国民の生活を守れるように最大限交渉を頼む」
「陛下……わたしもご一緒に……」
「だめだ。ヴィオラも死に急ぎがちだから、君たちが支えてやってくれ」
涙の会話を終えると、ヘルマン提督に急報を送る。
ヴィオラを逃がせ――
それが最後の命令だった。
こうして未来は託された。
セバスティアン王とリリス王妃は、静かに毒を仰ぎ自ら命を絶った。
それをもって戦は終結する。
オリヴィアンの被害は最小に、ヴァルトシュタインの被害は最大のまま。
勝利はヴァルトシュタインにあったが、民の心は決して屈しなかった。




