58 英雄の行軍、その裏で
祖父エドガーが王に復権することを公示した。
「アルフレードは新たなヴァルトシュタインからの侵略に備え、オリヴィアンと共に戦う」
その言葉に、王都は歓声に包まれた。
街の広場に集まった民は口々に、エドガーの帰還を喜び、アルフレードの進軍を讃える。
かつてグリモワールを繁栄させた名君が帰ってきたのだ。
そして、その孫は国を守るために立ち上がった――。
鬼母から酷い仕打ちをうけた可哀想な第一王子
それでも、グリモワールのために帰ってきたのだ!
「アルフレード様がいてくだされば、もう安心だ」
「きっと、また我らの国を救ってくれる」
そんな言葉が自然と口をついて出る。
まだ焦土の中にある街道を、グリモワールの国旗を掲げた子供たちが見送る。
その視線を受け、アルフレードは美しい微笑みを浮かべる。
片目を覆う眼帯と、その穏やかな笑み。
相反する印象は、まるで物語に登場する英雄のように見え、国民の期待は膨らんでいった。
――だが、俺の心は違う。
表では笑みを浮かべ、王位継承者として称えられている。
だが、俺はただヴィオラを助けたい。
本当は、もうグリモワールには戻りたくない。
俺は――オリヴィアンの国民なのだ。
馬上で風を切る。
グリモワールは、山脈と北の国境を除けば雪はほとんど降らない。
南部を進軍したときのように、相手の工作で時間を奪われることもない。
戦火を免れた中部と北部の道は整備され、思ったよりも早く進めるだろう。
とはいえ、兵一万五千を率いての行軍だ。
馬を休ませ、兵を休めながら進まなければならない。
それでも十日もあれば、無事にオリヴィアンに辿り着ける見込みだった。
夜営の焚火に照らされながら、アルフレードはゼノスに声をかけた。
「北は雪が深くなりますし、大勢で進軍する方が安全かと思ったんですけど、中部で情報を受け取った後は、一緒に来た近衛兵とゼノス先生だけ先に進みますか?」
少人数なら、この部隊で進むより早くオリヴィアンに到着できる。
ゼノス先生は、前王時代の元軍師。
オリヴィアンのために仕えてきた。
今、自分の能力を母国が必要としている。
しかも、今回のグリモワールの南部侵略は囮だったとなれば、軍師であるゼノス先生からはしてやられた感が強いだろう。
早くヴァルトシュタインに一矢報いてやりたくなるだろう。
近衛兵だって、王を守るために兵になったんだ。
セバスティアン王は、俺が王配になる立場だから近衛兵をつけてくれた。
だけど、王の盾になるための訓練を受けてきて、グリモワールの婿養子を守るために国の危機にいないなんて悔しいに違いない。
皆、家族をオリヴィアンに残している。
一刻も早く帰りたい気持ちは、痛いほど理解できる。
ゼノス先生や近衛兵たちは迷っていた。
王から私たちは、アルフレード様を守るように指示を受けた。
でも、今は母国の危機だ。
少しでも早く到着して、少しでも母国のためになりたい。
「すまない。一足先に進ませて欲しい」
ゼノスが頭を下げた。
「とんでもないです。僕もヴィオラが心配です。だから、一人でも早くたどり着いてくれるのは安心です。……先生、彼女をよろしくお願いします」
そう言いながらも、胸の奥に小さなざわめきがあった。
嫌な胸騒ぎを覚えたが、気のせいだと自分に言い聞かせ、笑って彼らを見送った。
ゼノスには、ヴィオラの妊娠のことはまだ告げていない。
オリヴィアンに着き、全てを知ったとき、きっと最善を尽くしてくれると信じていた。
だが――それが最後の別れになるとは思いもしなかった。
数日後、駆け込んできた伝令兵が、泥にまみれたまま叫んだ。
「オリヴィアン陥落! セバスティアン王、リリス王妃……戦死!!」
耳を疑った。
胸の奥で何かが崩れ落ちる音を、はっきりと聞いた気がした。




