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【完結】政略婚の向こう側〜この二人どうなるの〜  作者: かんあずき


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52 懐かしさの欠片もなく

城に足を踏み入れたアルフレードは、思わず歩みを止めた。

――懐かしい、なんて感情は一つもない。


こんな感じだったか?

子供の頃は、やたら広く見えた廊下がこんなに狭い。

あれほど大きく思えた建物も、ただの古びた箱に見える。


ただ、その感覚の違いだけが胸に残った。


入って目に入ったかつて流行病で閉じ込められた隔離小屋。

いつまで使っていたかわからないが流行病の小屋である。

人がいないのを確かめさせ、燃やせと命じる。


――忌まわしい記憶だ。

向かうべきは居住区。


裏には兵舎や訓練場もある。だが避けた。

選んだのは、使用人が出入りしていた細い通路。


皮肉なものだ。

王子扱いされなかったおかげで、こういう抜け道だけはよく覚えている。


食事を抜かれ、こっそりここで食べ物を探した。

一人で食べるのが寂しくて、使用人たちと一緒に食べた。

母に折檻された時、傷の薬を塗ってもらったこともある。


……俺の居場所は、王族の区画より下働きの人間たちの中にあった。


だが、今は誰もいない。

侍女も従僕も洗濯女もいない。

かつての賑わいが一瞬、幻のように見えては消えた。


(あれほどいたはずの人間……逃げたか)


厨房に足を踏み入れると、料理人や兵が少し残っていた。

大鍋の中には、野菜のスープ。


「誰の食事だ」

「兵の方々の分です。言われた通りに作っているだけで……」


王妃の指示らしい。だが細かい指示はなく、ただ作って運ぶだけ。

しかもその指示は少し前のものだ。

兵士も料理人が逃げぬよう見張れと言われただけで、後の命令は何もないらしい。


命令を待ち続ける者。

逃げ出した者。

「北へ行けば助けがある」と、こちらが流した噂に釣られた者。


城は機能を失っていた。

それでも誰も咎めず、ただ崩れていくばかり。


(……中はもぬけの殻か)


厨房と物資倉庫を押さえ、苛立ちを胸にさらに進む。


だが、部屋ごと潰していく作業は厄介だった。

奥に行くほど、鍛えられた兵との戦いになる。

油を投げられ、火を放たれる。

まとまって動けない。


独特の焦げ臭さと、飛び散る火の熱。

相手兵が話す、聞こえてくる耳に混じる言葉には、ヴァルトシュタイン訛り。


(……城内に相当入り込んでいるな。後始末を考えると頭が痛い)


燃え広がるカーテン、絨毯。

ヴァルトシュタイン兵にとっては他人の城だ。

容赦なく燃やす。

黒煙が視界を塞ぎ、息が苦しい。


それでも味方と共に燃えそうな布を叩き落とし、水をかける。

延焼を止め、敵を倒し、前へ進む。


焼け落ちるまではいかない。

だがボヤの火が進軍を阻む。


――ここでも時間稼ぎか。


それでも一階、二階と制圧し、ついに居住区へ。

ドアを蹴り破った先にあったのは――



ただの、静まり返った空間だった。



人の気配は一つもない。

だが“暮らしの痕”は生々しく残っている。


片付けられていない寝具。

口をつけたままのグラスには、濁った液体がわずかに残る。

花瓶の花は枯れ、水は腐っていた。

脱ぎ散らかしたドレス。割れて中身のこぼれた香水瓶。


……つい最近まで人がいたはずだ。

それなのに、痕跡だけを残して忽然と消えたように見える。


あの母、アンジェリカは、身なりも環境も爪の先まで整えずにはいられない女だった。

チリ一つ許さぬはずの母が、この有様を残すのか?


「……信じられない」


懐かしさとは無縁の空間がそこに広がっていた。

鼻をかすめた香りにも覚えがあった。

だが、その記憶さえも今は不気味に感じる。


「部屋の隅々まで探せ!」


声を張り上げながら、アルフレードは胸の奥に、消化しきれぬ違和感を覚えていた。








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