51 呪われた王子の帰還
アルフレードは、ヴィオラから届いた手紙を震える手で握りしめていた。
――ヴィオラが、子供を……。
胸が熱くなる。
こんな時じゃなければ、どれだけ嬉しかっただろう。
どれだけ自分の生きる希望になっただろう。
すぐにでも帰りたい……!
こんな、俺を切り捨てた国なんかじゃなくて。
俺を守ってくれた、俺の国に。
ヴィオラのところへ!
なのに。
どうして、この危険な時に……!
妊娠したヴィオラが剣を取って戦えるわけがない。
捕まったら最後だ。
「グリモワールの王子の子を宿した姫」が、無事でいられるはずがない。
「……許せない」
全てを奪っていく母が。
俺の幸せを踏みにじるグリモワールが。
◇
怒りに任せ、迫ってくる兵を斬り捨てる。
どの顔も、自分のささやかな幸せを奪い去る敵にしか見えなかった。
(俺が何をした? どうして……!)
感情が渦を巻く。怒りなのか、悲しみなのか、焦りなのか、自分でもわからない。
ただ――早く進みたい。
早くヴィオラを守りたい。
投石が飛ぶ。
盾を合わせて避けるが、進軍は遅れる。
石が掠り、額から血が流れる。
矢や石が雨のように降り注ぎ、足を止められるたびに、苛立ちが募っていった。
(時間稼ぎか……! くそっ……!)
唇を噛みしめると血の味が広がり、痛みが頭を冷やした。
「アルフレード様、前に出すぎです!」
「お守りします、ここは我らに!」
家臣たちの声に我に返る。
その時、火矢が飛び交い、油の臭いが鼻を突いた。
「ま、まさか……! 城まで燃やす気か!?」
王城から放たれる炎。
「どうして自分の国だろ……!」
兵士たちの怒号が響き、混乱が広がる。
エドガーが低く叫んだ。
「アルフレード、下がれ! 放火は時間稼ぎだ、裏門が開く。そこを押さえるぞ!」
城下に進軍するにつれ、降伏する兵の数が増えていった。
矢も投石も、どこか形だけ。
すでに細かい指示はないようだ。
目的は、時間を稼ぐこと。
それだけにしか見えない
「……中は空か? いや、まさか……」
あの父や母、弟が、そう簡単に自害するだろうか。
「フェリックスはともかく……アンジェリカとヴァルターは、ヴァルトシュタインからすれば使える駒だ。まだ、どこかで匿っているはずだ。とにかく、王城を占拠する!」
兵が向かってくる。
剣を振るうたび、顔見知りだった家臣の顔が血に塗れていく。
全員が自分の元へ来てくれたわけではない。
だが不思議と、動揺はしなかった。
むしろ進めば進むほど――自分が「呪われた王子」になっていく感覚が強くなる。
広く大きい王城。
投降したものが多く、残された僅かな兵では守れるはずもない。
正面は炎に包まれているのに、裏門はあまりにあっさり突破できた。
「……罠か?」と疑うほどだった。
裏から入った先にあったのは、かつて自分が隔離された小屋。
崩れかけていたが、今も残っている。
「……やっぱり、この城に碌な記憶はないな」
吐き捨てるように呟き、アルフレードは城内へ足を踏み入れた。




