50 ジュリアン、牙を研ぐ
「どうしてこんなことになったんだ?」
俺は、背中から流れる汗がとまらない。
まるで、アンジェリカが自分を陥れようとしたのかと思ったぐらいだ。
アンジェリカの書状を持ってきた人間はヴァルトシュタインからグリモワールへ仕込ませてた人間で、今回の事件にも関与したらしい。
状況を聞き取る。
ーーー
その日、フェリックス王はオリヴィアンからの特使を迎え、いつにも増して機嫌良く杯を重ねていたという。
――だが問題は、その接待の後だった。
アンジェリカの話によれば、フェリックス王自身が酔った勢いで口を滑らせたらしい。
「アルフレードを、幼い頃に流行病に罹らせるよう仕組んだ」
……ありえない言葉だ。
それを、あれだけアルフレードのことで、落ち込んでいた妹に言ったのか?
しかも、その子をオリヴィアンに婿養子に出す?
嫡男だぞ。
愚王どころの話ではない。
「頭のネジが外れているだろう」
なぜそこまで嫡男を憎んでいたのかはわからない。
でも、俺やアンジェリカが父を恨んでいたように、家族の事情なんて、外からは計り知れない。
結局、アンジェリカはそれを聞いて衝動的に手を出した。
あの目をきっかけに、アンジェリカはあの子が王になることを諦めた。家督争いに巻き込まれず目の影響のないところで過ごしてほしいと言っていたのに...
だが、本当にフェリックス王は泥酔していたので
「体調を崩した。」
そう説明すれば事件は隠せたのだそうだ。
周囲の者たちも「酒のせいだろう」と納得し、その場では、深く疑う者はいなかったらしい。
ヴァルトシュタインから潜らせていた家臣たちの協力で、王の亡骸は地下へと運ばれる。
重い扉に鍵をかけ、誰一人立ち入るなとアンジェリカが厳命した。
「……これで、しばらくは持たせます」
そして、俺に連絡してきたと言うわけか...
表向きは「体調不良で公務を控えている」と言い張るつもりらしいが、そんな言い訳が長く通じるはずがないことくらい、俺もアンジェリカもわかっている。
さて、どうするか。
どうせグリモワールとは、遅かれ早かれぶつかる運命だ。
季節は秋。山はまだ雪に閉ざされていない。
グリモワールに対しての、アンジェリカの婚姻同盟はよく効いている。
俺自身が「攻めるならヴァレンティアだ」と考えていたように、グリモワールもまさか自分が攻められるとは思っていない。山から、密かに兵を進めても大丈夫だろう。
グリモワールは内紛の真っ最中で、フェリックス王の死を正当化できればいい。だから、フェリックス王の支配していた南のみ限定だ。
あんな狂った王を理由にすれば、開戦の大義も作れる。
――可哀想な息子たちを命を張って守る母。
そう言ってしまえばいい。いずれ南部は落とされるが、それまでにアンジェリカも逃げられるだろう。
ただ、その話を聞いた嫡男はどんな顔をするだろうな。
グリモワールの王になれるはずだったのに、父に一方的に恨まれ、殺されそうになり、片目を失って、オリヴィアンのような小国に押し込められた。
そんな父が守ったグリモワールを守る気なんて起きるはずがない。アンジェリカも愛情がから回って、嫡男とは関係が良くなかったというしな。
それとも、前王エドガーが呼び寄せるだろうか。
憎しみから、父親の代わりに、弟の代わりに王になりたいと願うだろうか?
◇
肝心の問題は、俺の国ヴァルトシュタインだ。
父は穏健派で、拡大路線を嫌った。
同じく父の家臣たちも、戦よりも安定を求める者ばかりだ。
本当なら、時間をかけて説得し、地盤を固めてからヴァレンティアを叩くつもりだった。
だが――もう悠長にはしていられない。
こんなことになってしまった。
アンジェリカが私情でフェリックスを殺したことがバレたら、グリモワールはもちろん、同盟を結んだヴァルトシュタインにいても極刑だ。
グリモワール南部を叩き、兵を釘付けにしている間にオリヴィアンへ攻め込むべきだ。
オリヴィアンを攻めることは激しい反発を生むだろう。
リリスの婚姻同盟がオリヴィアンを攻める重しになる。
むしろ、家臣と言い争う前に動くしかない。
リリスには全く思い入れはない。
あんなの妹ではない。
俺の母は、父とあいつの母に殺されたのだ。
結局、歴史は繰り返すんだよ
そして支配者が歴史を作るんだ。
チャンスを逃すな。
ピンチを、チャンスに変えろ!
ジュリアンは冷たく笑って、拳を握った。




