43 滅びゆく王都を見下ろして
「こ、これは……」
エドガーは思わず覗き筒を手に取り、王城を見つめた。
俺がグリモワールを離れたのは、12歳の秋のこと。王城を見るのは、もう6年ぶりだ。
だが、目の前の光景は、あまりにも信じがたい。
旗はまばらで統一感がなく、城壁の兵の配置も間隔が空きすぎている。
戦争で本丸を守るには、あまりに兵が少なすぎる。
まだ、王城を攻撃していないのに、煤と汚れでさびれて見えた。
――本当に王族はこの中にいるのか……?
脳裏に疑問符が浮かぶ。
城内は、もう空っぽなのではないか。
目の前に敵が立ちはだかると思っていたのに、自らの手ですでに焼け野原のようにあちこちが燃やされ、敗北宣言を先にするかのような状況だ。
「思った以上に兵が逃げ出しているのかもしれんな」
ゼノスが眉をひそめる。
確かに、焼け落ちた場所から北へ逃げる兵の姿が目立ち始めていた。
「復興のためにも兵は必要だからな。元々同じ国の兵士だから、来たい者は無傷で保護するよう指示してある」
エドガーはそう言うとため息をつき「少し休む」と告げ、立ち去った。
祖父が命を懸けて守り続けた国の末路は、あまりにも悲惨だ。
父は――こんな中で恐らくもう生きていないだろう。
王位継承者である俺は、もうオリヴィアン側の人間だ。
栄華を誇った王都の街並みからは、毎日のように火の手が上がる。
俺は胸が痛く、息が詰まる。
自分の人生の総決算が、これではやり切れない。
「ゼノス先生……本当に王や王妃、ヴァルターはこの中にいるのでしょうか……」
アルフレードの思わず声が震える。
「もう、ヴァルトシュタインに逃げたのかもしれません……」
「そう思いたくなる気持ちはわかる。しかし指示を出す者がいるから、兵が少なくても動いているのだろう。中にいると考えたほうが自然だろう」
ゼノスはヒゲを撫でながら言う。
「城内の状況はわかるか?」
ゼノスはアルフレードを見つめた。
「数年で大きくは変わっていないでしょう。ただ、王と王妃は別居していましたから、王は別の場所にいるかもしれません」
「ふむ……しかし、なんだか違和感を感じるな」
ゼノスが唸る。
「ジュリアン王は理知的なイメージだった。計画的で、冷静なはずなのに……唐突すぎる。王を廃して王都を破壊するのが目的だったのか? 宣戦布告としては悪くないが、この後山道を塞がれたら、中北部へ攻め込むにはオリヴィアンを通るしかなくなるぞ……ん?」
ハッと息を呑む。
南部は奪還してもこの有様だ。
「次に狙われるのは……オリヴィアンか。」
アルフレードは息が詰まるような感覚に陥る。
ヴィオラ、無事でいてくれ。
祈るような思いになる。
「いや、今のオリヴィアンは雪が深すぎる。多くの犠牲を出してまで攻めるとは思えん」
ゼノスの声に、かすかな希望を感じる。
「だが、雪解けと同時に攻めてくる可能性は高い。先触れを出しておく必要がある。」
ゼノスは、目を閉じて考えているようだった。
「グリモワールを押さえれば、この周辺地域、小国もすべてヴァルトシュタインの掌中に入る。チャンスを逃すとは思えない。」
アルフレードは寒いのに、背中に汗が伝うのを感じた。
「祖父上や家臣に、南に必要な兵を残し、北側に回してもらえないか相談します」
アルフレードは再び、煙が立ち上る王都を見つめた。
胸の奥が締め付けられる。
この異様な光景が、今後の判断を鈍らせる。
だが、ヴァルトシュタインの兵がこの王都の気づいていないところに潜んでいるかもしれない。
本当に北に兵を回す判断が正しいのか?
でも、見た目通りの状況なら、早くオリヴィアンに知らせて、兵を固めて防御体制を構築しなければならない。
選択を誤れば、取り返しのつかない事態になる――そう、痛いほどわかっていた。だが、頭の中にヴィオラと別れた時の心配そうな顔が浮かんでいた。




