41 親子は憎しみ合う運命なのか
話は少し前にさかのぼる。
アンジェリカは、冷たくなった夫を見下ろしていた。
暗い目で、ただ一点を。
――許せなかった。
努力も想いも、全部を踏みにじった男。
政略結婚だった。それはいい。
私を愛していなかったのも、もういい。
けれど、こんな終わり方ってあるだろうか。
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オリヴィアンから特命大使が来たのは、あれから六年後のことだ。
話題は、もちろんアルフレード。
今さら母親面なんてできない。
それだけのことを私はした。
ヴァルターを育てれば育てるほど、アルフレードの聡明さが際立つ。
前王エドガーが可愛がった理由が、今になって痛いほどわかる。
もし病に罹らなければ。
もし目が見えていたら。
――私たち親子は違う関係になれていたのだろうか。
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特命大使が来たからには、夫婦で顔を出さないわけにいかない。
久しぶりに見る夫フェリックスは、相変わらず私にもヴァルターにも無関心だった。
「そうか、アルフレードは王にならなかったか」
申し訳なさそうに告げられた報せ。
王位は一人娘のヴィオラが継ぎ、アルフレードは王配になるという。
……女の子の、しかも年下の隣に並ぶことになるなんて。
あの子は劣ったのだろうか。
それとも――内婿で王になるなど許されなかったのか。
考えがぐるぐると回る。
政治に巻き込まれないよう祈っていたはずなのに。
いざ王にならなかったと聞けば、不当にも思える。
なのに夫は上機嫌だった。
接待の席でも、酒を楽しげに煽っている。
おかしい。
こんな夫、見たことがない。
「あなた、アルフレードが王にならなかったことが、そんなに嬉しいの?」
問いかけると、夫は笑った。
「当たり前じゃないか。ははっ、親父の顔が見たいよ。あんなに必死に教育したのに、女の子にすら劣るなんてな」
――血の気が引いた。教育を施していたのは、私も同じなのに。
「……あなた、アルフレードを可愛いと思ったことは?」
震える声で問うと、夫は鼻で笑った。
「可愛い? 君からそんな言葉を聞くとはな。誰よりもあいつを憎んでいたのは君だろう」
言い返せなかった。
確かに私は、うまくいかない理由を全部あの子のせいにしてきた。
「そうね……その通りだわ」
冷酷な母親。
「俺もだ。親父に特別扱いされるあいつが許せなかった。目が見えなくなったのは、天罰なんだ」
「天罰?」
「ああ。あいつしか罹らなかったんだ。他に説明があるか?」
……あいつしか?
「あなたまさか!」
私は真っ青になる
「流行病に罹らせるよう仕組んだんだよ。狙いは親父だったんだけどな。」
酔っ払ってご機嫌で自分で何を言ってるのかもわかってないのだろう。
私の頭は真っ白になった。
胸の奥にざらつく感覚。
私は夫を始末した後、こっそり、アルフレードの従僕に聞き取りをした。
すると、やはり夫が話した通りだった。
「実は……フェリックス王の側近の方から命じられたのです。側近の方がエドガー様のもとへ行く前、ペンを拭く布を渡されて……使用後は必ず焼却しろと」
その側近は、アルフレードが病に倒れた直後に死んだ。
酒の席での喧嘩だと処理されたが――出来すぎている。
私は確信した。
アルフレードを病に陥れたのは夫だ。
そして、それを私のせいにした。
許さない。
私はヴァルトシュタインの兄へ手紙を送った。
夫を。前王を。この国を。
全部、許さない。
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だが結末は皮肉だ。
夫を殺し、役に立たないヴァルターを軟禁し、死しか残されていない私に――アルフレードが刃を向けてくる。
「流行病を仕組んだ鬼母だ」と、国民に触れ回りながら。
結局、私たち親子はそういう運命なのだ。
どちらかが息の根を止めるまで、憎しみ合うしかない運命なのだ。




