40 傷を抱く王子、民を動かす
アンジェリカ王妃たちが他国に戦争の大義を掲げるより少し遅れて、前王エドガーと第一王子アルフレードも、民や臣下に向けて自らの正当性を示そうとしていた。
アルフレードは中北部の街々で演説を行い、その言葉を掲示板や教会に貼らせた。
「皆の者、聞いてほしい!
アンジェリカ王妃と第二王子ヴァルターは、ヴァルトシュタイン国と結託し、我がグリモワールの領土を奪おうとしている。これは明白な売国行為だ!
さらに、正統なる第一王子である私、アルフレードは、王妃の策略によって流行病に罹らされ、その後、失明という不当な苦しみを味わった。
私を苦しめたことを知る者も多く、証言も確かに存在する。
それだけではない。私を国外に追いやり、第二王子を担ぎ上げ、今、ヴァルトシュタインの指示のままこの国を滅ぼそうとしている──まさに悪辣な陰謀である!
この事実を、決して見過ごしてはならない!」
アルフレードの端正な顔立ちに、眼帯で隠れてもなお残る目の爛れた跡──それを自らの母が行ったのだ。
民衆の間に、憐れみと怒りが入り混じったざわめきが広がる。
不幸な王子が、いま立ち上がったのだ──。
そんな不幸な境遇から立ち上がる話は、民衆にとって大好物だった。
演説には多くの声援が飛ぶ。
もちろん命懸けだ。
だが、命をかけるほど国民のボルテージは高まる。
アルフレードにとって、もはや後はない。
国民の意識が王族から離れてしまったら、奪還してもこの国を維持することは危うくなる
そして彼は、この綺麗な顔と、周囲が背けたくなるこの目の爛れに、今ほど感謝したことはなかった。
傷があるからこそ、人々の心を動かせる──それを、彼は知っていた。
ーーー
「アルフレード人気はすごいじゃないか。他国にも同様の反論を出しておいた。もっとも、他国はヴァルトシュタインが言いがかりをつけていることを皆知っているからな」
エドガーはふんと鼻を鳴らす。
「――ヴァルトシュタインからグリモワールへの山道をどうしますか?」
アルフレードは今後の方針を聞いた。
正直複雑な気持ちではある。
人々が自分を不遇の目にあったかわいそうな王子に仕立て上げてくれればくれるほど、ヴィオラとの距離が離れて行くような気持ちになる。
「中北部の山には斥候(偵察の役割)を出しているけど、敵の動きはまったくない。だからまずは、中北部をここでの侵入を絶対に防ぐべきだと思ってな。橋を叩き、山道には木を倒してバリケードを作らせている。」
エドガーはすでに手を回していた。
中北部の山に割いている工兵は100人ではすまない。
それらの護衛兵も必要で100人の計200人。
しかも、すでに山の冷え込みは強い。
大きな針葉樹を根元から倒していき、山の尾根の一本道を塞いでいく。
橋は橋脚に楔を打ち、みんなで縄で引っ張り上げるを繰り返すと、橋は崩れてヴァルトシュタインとの道を塞いでいく。
山道も、川をわたる橋も倒して仕舞えば行き来はもう出来ない。更には山はもう少しで雪が降り、この作業はもう終了しつつある。
「雪が降れば、さらに天然の盾になってくれる。そして、これだけ道が塞がって雪の中は進めないから、少なくとも中北部の山から侵略してくるやつはいない」
そのエドガーの説明に、このグリモワールの中北部は守られる安心感を感じる。
だが...
「つまり、グリモワールの中北部は本格的に攻める気がない、ということでしょうか?」
アルフレードの顔が曇る。腑に落ちない。
中北部の山越えは考えず、グリモワールの南部の一部だけ、それも短期決戦で落とす理由が見えないのだ。
アンジェリカとヴァルターは本当に南部の王都にいるのか。
あるいは、すでにヴァルトシュタインに渡ったのではないか?
ゼノスも首を傾げる。
「冬のあいだはグリモワールの南部であろうと山越えは難しい。暖かいといっても、山は雪が積もるからな。
そして、そのリスクを背負っても、道は南部の限られたルートのみで狙われやすい。
山を侵略する場合、食料の補給や武器の供給、兵の増員や入れ替えなどの確保が必要なんだ。
だが、南部だけで補給を賄えるはずがない。杜撰な戦略にしか見えん。」
「今実際にグリモワールの南部に入っているヴァルトシュタイン兵はどのくらいなんですか?」
とアルフレードは聞いてみた。
すでに大量に送り込み済みとか...いやそうなると食料が足りないか?
「ヴァルトシュタイン兵は2000ほど駐屯しているようだ。だが、国内でアンジェリカ王妃とヴァルターに付いたのは2500ほどにすぎない」
エドガーは淡々と言う。
そんなに、2人の求心力はないのか?たった2500人...
「こっちの戦力は?」
アルフレードは念のため確認する。
「総動員すれば、80000だな。現在は45000ほどすでに動員していて、そのうち前線に回せるのは40000ほどになる。」
「.....」
桁が違いすぎないか?やはり釈然としない。
なぜ奇襲をかけたのか?
何か、新たな奇策でもあるのか?
「こんなのヴァルトシュタインからしたら負け戦じゃないですか?」
油断してはいけないのか?
だが、今はまずは、抑えれる時にきちんと叩かないと、延々とモグラ叩きのような戦争が続いてしまう。
「相手の意図はわからないですが、まずはグリモワールの国土と王権をすべて取り戻しましょう。
そして、もし父が...フェリックス王が亡くなっているなら、祖父上に一時的に即位していただくべきだと思います」
「お前ではないのか?」
エドガーは、嫌そうな顔をする。
祖父上と父上が権力争いをしているのだと思っていたが、祖父上は思った以上に権力欲はもうないらしい。
「数年、私はグリモワールの外にいました。学ぶべきことが多いし、正直グリモワールのことを詳細に把握できていません。ここまでやり取りがなかった家臣は、父上やヴァルターについていかなかっただけで、すぐには私に従わないでしょう」
アルフレードは静かに返す。
「お前の母親アンジェリカは捕えたらどうするつもりだ?」
ゼノスが問う。
「母と弟が国内にいるなら、まず確保して幽閉を目指します。ですが、まずは状況を把握して、罪の整理をします。必要であれば2人の命を絶つことも辞さないつもりです」
その言葉には、ためらいも覚悟も混ざっていた。
母はともかく、弟はまだヴィオラと同じ16歳だ。
まだやり直しは効く年齢ではないか?
そう思う反面、すでに10歳の段階で、ヴィオラとヴァルターは覚悟も努力も違っていた。
いや...ヴィオラの幼き頃からの「女でも王になる」という強い覚悟を思ったら、生まれついた性格は変わらないのだろうか
俺は弟ヴァルターに良い記憶はない。
だが、手にかけるほどか?
母アンジェリカに利用されているだけじゃないか?
そう答えが出ない自問自答を繰り返していた。




