39 裏切りと正統
「もし、あの流行病が仕組まれたものだとしたら――祖父上ではありません。おそらく父か、母でしょう」
ヴィオラが愛をくれなかったら。
俺は、きっとこの時点で心が折れていた。
誰にも愛されず、親にすら殺されそうになる。
努力しても、何の意味もない。
――そう思ってしまったに違いない。
幼い頃、父から浴びせられた言葉を口にすると、エドガーとゼノスは目を剥いた。
さらに、母アンジェリカが家臣を使って繰り返した虐待を話すと――エドガーは知っていたように渋い顔をし、ゼノスは絶句したまま動けなかった。
「……一つ分かりました。母と弟は無事でしょう。しかし、すでにヴァルトシュタインの庇護下にあるはずです。
父は……母が手引きをしているなら、生きていないのでは?どちらにせよ、私にはもはや情はありません」
はっきりと告げる。
「――ところで、ヴァルターはどうしていますか? 別れた頃は文句とプライドばかり高く、訓練や学びから逃げ回っていました。あれから継承者として変わったのでしょうか」
エドガーは俺を見つめ返した。
あの必死に努力を重ねていた少年は、もういない。
目の前にいるのは、冷静に状況を整理し、ただ問題を解決するために動く第三者のような青年だった。
「……残念ながら、流行病の後はアンジェリカが接触を拒んだので噂しかないが、ヴァルターは横柄でわがままだと聞く。アンジェリカも手を焼いているらしい。焦っていたのだろうな。お前以上の逸材にしなければと、追い詰められていたのだ」
その時、ゼノスが口を開いた。
「ならば、グリモワールを取り戻すしかあるまい。次男は完全にヴァルトシュタインの傀儡になる。ジュリアン王は冷酷だ。言うことを聞かなければ殺して、アンジェリカを女王に据えるだろう」
「……」
エドガーも黙って頷く。
ゼノスはさらに踏み込んだ。
「山からしかヴァルトシュタインの兵が来られないなら、これ以上の侵入は防げばいい。あとは宣言すればいい。次男ではなく、真の継承者は――アルフレード、お前だとな」
「で、ですが……私はヴィオラの王配です」
「二国の王がそれぞれ国を守りつつ結婚すればいい。二国連合でも連邦でも構わん。だが、次男に任せれば、オリヴィアンもグリモワールも終わるぞ」
ゼノスが鼻を鳴らすと、エドガーも続ける。
「アルフレード。私はお前にグリモワールの王になってもらいたい。
この国が何もしてこなかったのは分かっている。
それでも頼むしかない。国民を、家臣を、未来を……救ってくれ」
胸の奥で迷いが渦巻く。
王位を継ぐと宣言すれば――本当にヴィオラのもとへ戻れるのか?
だが、街にはすでに路頭に迷う者がいる。
ここでグリモワールを取り戻さなければ、次はオリヴィアンが、ヴィオラたちが攻められる。
俺は深く息を吸った。
「……わかりました。覚悟を決めます。母アンジェリカが私に虐待を繰り返していたことは、城の者なら知っているはずです。私こそ正統な嫡男であり、流行病は次男に家督を譲らせるために母が仕組んだ――そう告げましょう」
それが真実でなくても構わない。
母は、それほどのことを俺にしてきたのだから。
もう迷いはなかった。




