38 血塗られた王冠と正当なる継承者
「向こうの戦争の大義名分はなんだと言ってるんですか?」
アルフレードはエドガーに尋ねた。
理由なんていくらでもでっち上げられる。だが、建前なしで戦争を仕掛けるわけにはいかないはずだ。
「自領に籠っている貴族に、アンジェリカから手紙が届いているらしい」
エドガーが一通を差し出す。オリヴィアンから同行してきた元軍師ゼノスも身を乗り出して覗き込んだ。
「これは……」
二人は同時に眉をひそめた。
手紙には、こう記されていた。
『我が夫フェリックス王は、正統なる後継たるヴァルターを殺害せんと企み、我が子らをも危機に晒した。
ゆえに私は、グリモワールの未来を守るため、母国ヴァルトシュタインに救いを求め、正嫡を保護せざるを得なかった。
また、長子アルフレードに至っては、前王エドガーが家臣を使い流行病を仕掛け、政敵を陥れて王位を弟セバスティアンに譲らせたとの証言すらある。
このような暴虐と背徳に満ちた父子に、もはやグリモワールを託すことはできぬ。』
エドガーはため息をつき、アルフレードに視線を向けた。
「お前は、本当にわしが流行病をうつしたと思うか?」
「いえ……。ただ、この大義名分だと“父は誰を後継にしたかったのか”という話になりますね」
アルフレードは冷静に答える。もちろん、エドガーが常に正義だとは限らない。
「フェリックスの頭がおかしくて、わしはお前を殺そうとする狂った祖父――そんな筋書きになるわけだ」
エドガーは苦く笑い、ゼノスに目を向けた。
「厄介なのは、これに幾らか真実も混ざっていることだ。だからこそ、本物に聞こえてしまう」
アルフレードは思う。セバスティアンが元軍師ゼノスを送り込んだのは、やはり正解だった。
エドガーはカリスマ性のある独裁者だ。己のしてきたことに揺るぎがない。
だから若造が何を言おうと聞き流すだけだし、頭が切れる相手でなければ取り合わない。
その点、ゼノスは違う。正式にオリヴィアンから派遣され、自分以上に頭が切れる。そしてエドガーと同年代。
感覚や波長が驚くほど合い、さらにアルフレードをそれぞれに育てているため、なぜか互いに「自慢し合う」という妙な連帯感すら生まれていた。
「ふむ……興味深い。どこまでが真実なのか」
ゼノスの目が光る。
アンジェリカの手紙には、グリモワールだけでなく、オリヴィアンの未来の王配についても触れられていた。
――ヴァルトシュタインからの挑戦状に他ならない。
「アルフレードが私のもとに学びに来た後のことだ。お前は流行病に罹った。だが、当時の城内では流行病など一切流行っていなかった。外に出る機会も、わしのところへ通う以外はなかったはずだ。
それに、わしの領内でも流行病は出ておらん。――ならば、いったいどこから病をもらったのか、と噂になったのだ」
エドガーは言葉を切り、目を細める。
「アンジェリカがフェリックスから責めを受けていたのは耳にした。そして……同時期にフェリックスが自分の家臣を別の家臣に密かに始末させた、と証言する家臣もいる」
アルフレードは唇を結んだ。
――たしかに、あの時は病で隔離されていた。
さらに幼かった。
だから、父の周辺の動きも、周囲の反応も何も覚えていない。
片目が見えなくなったあと...
ざまあみろと言われた記憶が頭を掠める。
ざまあみろと言ったのはエドガーではない。
父フェリックスだ。
まさか、父が?
なぜ自分は父からこんなに恨まれてしまったのだろうか?




