36 戦場の再会、祖父と孫
祖父エドガーから使者が来た。
知らせは、アルフレードの予想どおりだった。
ヴァルトシュタイン軍は山脈を越えて電撃的に王都を制圧。
父フェリックス王、母、弟とは連絡が途絶え、南部にいた兵たちも指示を失っている。
逃げ場を求めて北部へ向かう者。自分の領地にに籠もる者。
みんな混乱している。
そして、グリモワール南部の三分の一はすでに敵の手に落ちていた。
エドガーは残った兵をまとめ、防衛線を築いて持ちこたえているという。
明日、アルフレードはそこへ向けて出立する。
「ヴィオラ、一緒に海を見に行かないか?」
唐突な誘いに、ヴィオラは目を丸くした。
「海?」
アルフレードは照れたように笑う。
「覚えてるだろ。初めてここに来た日に言ったんだ。人質じゃなくなったら、結婚したら一緒に海に行こうって」
あの時は、自由な未来を夢見ていた。
けれど今は――最後になるかもしれない願いだった。
ヴィオラはそっと涙を拭き、微笑んだ。
「ええ、約束したわね」
二人は馬を走らせ、夕日が染める浜辺を駆け抜ける。
潮の香り、冷たい風。
でも、寄り添っているだけで心は温かかった。
「次は……朝日を見よう」
アルフレードの声は震えていた。
「何年かかるかわからないけど、待っていてくれるか?」
「もちろんよ」
ヴィオラは迷わず答える。
「おばあちゃんになっても待ってる。だから責任重大よ。私の旦那様はあなただけなんだから」
夕日を映す瞳に、二人の未来が重なった。
⸻
翌朝。
最後に抱き合い、深く口づけをかわす。
「……必ず帰る」
アルフレードは囁いた。
「ええ。私はオリヴィアンを守って待つわ」
ヴィオラは頬を寄せ、名残惜しそうに彼を離した。
外に出ると、グリモワールを出立した時とは様子が異なっていた。
セバスティアン王、リリス王妃、ヴィオラ姫、そして幼き頃から自分を鍛え、可愛がってきてくれた軍人たち、貴族の悪友たちがみんなで盛大に見送ってくれる
俺の家はここだ。
胸が熱くなる。
「行ってきます。オリヴィアンのために戦って必ず帰ってきます」
俺はもう振り返らなかった。
振り返ると、戻りたくなる。
でも、戻る理由ができた。
生きなければいけない理由もできた。
だから帰るよ。何年かかろうと。
歩みの中で、涙が静かに流れていった。
冷たい金属の眼帯の下にも。
温かい涙が流れていった。
ーーー
エドガーは、グリモワール中央部――第二の都市「カーディアス」に拠点を構えていた。
カーディアスはかつての賑やかで華やかだった街並みは消えてしまっていた。街には避難民と兵が入り交じり、ここもやられるのではないかという悲壮感が漂っていた。
アルフレードが祖父と顔を合わせるのは、十二歳以来、六年ぶりのことだ。
久しぶりに見るエドガーは、少しだけ小さくなっていた。
「祖父上様、遅くなりました。ここからは俺も共に戦います」
「……よく来てくれた」
エドガーの皺の刻まれた顔がゆるむ。
「お前の名を出したらな、兵たちが“今こそ恩を返す時だ”と集まってきおった。幼い頃のことなど覚えておらんと思っていたが……大したものだ」
にやりと笑う祖父。
だが、すぐに表情を曇らせた。
「――だがな。お前の父母、そして弟の行方は知れん」
深いため息がもれる。
アルフレードは迷わず口を開いた。
「祖父上。オリヴィアンの王妃リリスから聞いた話があります。ヴァルトシュタイン王ジュリアンと……母、アンジェリカの関係についてです」
母を疑う言葉を口にするのは胸が痛んだ。
だが、戦のためには言わねばならない。
エドガーの目が鋭くなる。
「母が、手引きをした可能性を考えるべきです」
その言葉は重く、戦場の空気をさらに張りつめさせた。




