30 グリモワール第一王子、愛と忠義の狭間で
俺は王妃と別れて、自室に戻った。
今日は軍備会議に出ているはずだったから、まさかこんなに早く帰ってくるとは思われなかったのだろう。
慌てて火鉢が運び込まれる。
「ごめん、予定を変えさせてしまったね」
声をかけると、侍女はぶんぶん首を振る。
「とんでもございません! 温かいお飲み物でもいかがですか?」
――紅茶。
さっきリリスからもらったばかりだ。思い出した瞬間、胸の奥がざわつく。
「いや、先ほどいただいたから」
「かしこまりました。何かございましたらお呼びくださいませ」
……この城の人たちは、みんな俺を大事にしてくれている。
それでも、戦争は全部を壊すんだ。
俺は火鉢の熱を感じながら、これからのことを考える。
ヴァルトシュタインの勝ちは決まっている。
けれど一気に全部は無理だ。まずは南部だけを落とすだろう。
父フェリックス王は……助からない。
祖父のもとに逃げ延びられる可能性もあるが、母が動けばその望みも薄い。
母は? ヴァルトシュタインに戻るか、南部に残って保護を受けるか。
弟ヴァルター?
……あいつは駒になれない。十歳の頃から、ヴィオラの足元にも及ばなかった。苦しい時に耐える根性もなかった。ヴァルトシュタインにとっては、南部統治の飾り人形くらいの役目だろう。
じゃあ、俺は?
グリモワール北部は祖父が守るだろう。けど、国が落ちたら次はオリヴィアンだ。
俺はグリモワールの第一王子。正統後継者になり得る存在。
その価値をどう使うか――。
目を閉じる。
選ぶのはただ一つ。
ヴィオラを守ること。
育ててくれたオリヴィアンに報いること。
そして、初恋に区切りをつけること。
……ヴィオラと別れるために。
気づけば、頬を涙が伝っていた。
これが最適な道だ。
――俺は覚悟を決めた。
***
その夜。俺はセバスティアン王に話した。
「グリモワール南部は落ちます。母はヴァルトシュタインと通じているでしょう。北部は祖父が守れるかもしれませんが、危うい。
セバスティアン王。私はオリヴィアンに育てていただきました。この命を、盾として使いたい。どうか私を祖父のもとへ送ってください」
セバスティアンの目が揺れた。
俺がそんなことをいうなんて思いもしなかったという顔だ。
「ヴィオラとの婚姻同盟は、北部が落ちない限り効果があります。ヴァルトシュタインは同盟を結ぶより侵略を選ぶ国。けれど……もしオリヴィアンが同盟を選ぶときが来たら、その時は婚姻を破棄してください。
俺は、ヴィオラが幸せでいてくれることだけを祈っています」
……俺は決めたんだ。
セバスティアンはきっとそれを理解したのだろう。静かにうなずいた。
第一王子が国の危機に戻る。もし国が落ちても、俺がオリヴィアンにいなければ切り離せる。
それは確かに最適な選択だ。
セバスティアンはそんなアルフレードの様子を見て考えていた。
私がアルフレードをここまで追い詰めてしまったのだろう。
だが、判断はもう揺るがないようだ。
――ただ、ヴィオラはどうだろう。
あの子も覚悟を決められるだろうか。
継承者なら、冷静な判断ができなければならない。
セバスティアンは唇を噛みしめ、己の国力のなさに拳を震わせていた。




