3 政略の駒にされた王子、迎えに来たのは幼い許嫁でした
「急ぎすぎじゃないか?」
アルフレードは揺れる馬車の中で小さくつぶやいた。
御者席の兵が振り返る。
「オリヴィアンは北の国ですからね。冬に入れば道が雪で閉ざされ、城門も閉めるのですよ。陛下はその前に同盟を結ばれたいのでしょう」
父であるフェリックス王はよほどこの縁談に乗り気らしい。
アルフレードのオルヴィアンへの内婿話はトントンと進み、冬になる前に移動することになった。
アルフレードが乗る窓の外では、金細工に彩られた馬車列が陽光を反射し、まるで祝祭のように輝いていた。
グリモワールの国民がみんなその華やかな行列を見ている。
けれど家臣たちの視線は重い。
誰もが理解していた。
これは祝福ではなく、“第一王子を外へ出す”儀式だと。
そして、馬車に揺られるアルフレードの胸の奥も重かった
祖父エドガーはグリモワールの前王、そして、父フェリックスは現王で家督をめぐって争っている。
家庭でも母アンジェリカと弟ヴァルターはアルフレードにとって敵で、良い関係ではない。
「結局、見送ってくれたのは、母の命令で自分に手を下した家臣たちだけか...」
(この片目さえ……見えていれば)
アルフレードがそう思って景色を眺めている頃、家臣たちもみんなそう思っていた。
アルフレードは、十二歳にしてはあまりにも聡明だった。
剣の腕も悪くない。
大人には勝てなくても、軽い体にも関わらず、同年代や数歳上の相手なら相手にもならないぐらい強い。
なにより――アンジェリカ様から下の者を守るために身を挺すその姿勢。
その精神に、誰もが十二歳の子供にも関わらず家臣が頭を垂れるほどのカリスマ性がそこにはあった。
……けれど、それでも片目が見えないというだけで「不要」と切り捨てられたのだ。
「みんな、ありがとう。どうか達者に暮らしてほしい」
最後にそう告げて、アルフレードは微笑む姿がみんなの心を抉っていた。
家臣たちの目に涙が浮かぶのを見ても、泣き叫ぶでもなく、ただ静かに馬車へ乗り込むのだ。
そして今も、窓の外を眺めながら、冷たい風に目を細める。
馬車は冷えるだろうに寒いとも我儘もいわない
(本当に……このままでグリモワールは大丈夫なのか)
アルフレードを知る者たちは、みなそんな思いにとらわれていた。
ーーー
そんな中、アルフレードはこれからの自分のことを冷静に考えていた。
オリヴィアンは冬になると雪深く閉ざされると聞いている。
ただでさえ慣れぬ土地だ。
婿といいつつ人質のようなものだ。
結婚も未来の話で、どうなるかは情勢によってはわからない。
子ども心に「自分がオリヴィアンの駒として役立たねば命はない」と悟っていた。
トラブルの元になった自分の手紙の返信がヴィオラ姫から届いた。
(もしかしたらお断りの手紙だろうか?)
恐る恐る開いた手紙には
《好きなものは、牡蠣やホッケです》
といった話が綴られていた。思わず笑ってしまう。
《本当はお菓子とか甘いものの話が来ると思っていた》
けれど、つらい日々にその素朴な文面が、ほんの少し心を温めたのも事実だった。
何度も嬉しくて読み返していた。
母や弟ヴァルターからは、手紙の検閲で
「田舎の魚臭い娘に違いない」
と散々言われた。
……それでも、わざわざ手紙を送ってくれる。
「きっと、俺の不安を減らそうとしてくれる、心優しい姫なのだろう。」
だが一方で
「いや。期待するな。母の妹の子だ。きっと同じだ」
期待が外れた時の絶望感は半端ない。
最初から期待しなければ傷つかない。
そう言い聞かせる。
しかし、やっぱり唇の端はかすかに緩んでしまう。
「会うまでなんだ...少しぐらい期待したっていいだろ」
俺は呟く。
やがて馬車はオリヴィアンの城下に差しかかった。
冷たい風が馬車の窓の隙間から吹き込み、肩が強張る。
そのとき――。
「アルフレード様! お迎えにあがりました!」
澄んだ声が胸を震わせた。
驚いて窓を開けると、馬に乗った少女が大きく手を振っている。
「ヴィオラ様! 危険です、お戻りください!」
遠くから従者が慌てて叫ぶ。
白い息を弾ませ、笑う少女。
その笑顔に、アルフレードは思わず息を止めた。
長いサラサラの黒髪をひとまとめにした目のぱっちりとした少女が先にいる。
(……こんな寒さの中なのに)
胸に積もっていた重苦しさが、あたたかく一気に溶けていくのを感じていた。




