28 王子は疑う、敵か味方か
「アルフレード、気をしっかり持って!」
ヴィオラの声が飛んでくる。
グリモワールが攻撃された――。
その報せに、誰もが蒼白になった。
オリヴィアンが狙われたわけじゃない。
変に思うかもしれないが、正直ほっとした。
けれど、もしグリモワールが落ちたら……?
俺はグリモワールから来た内婿として、そして人質のような立場でここにいる。
立場上、無関係ではいられない。
軍備会議では、セバスティアン王をはじめ重鎮たちが毎日言い争っている。
「オリヴィアンはどう動くべきか」
――その一点で。
そして今日、セバスティアン王から俺に告げられた。
「申し訳ないが、アルフレードは席を外して欲しい」
「……わかりました」
頷いて部屋を出る。特に何も思わなかった。
ヴィオラが無事に会議の中で認めてもらえるならそれでいい。だが、彼女に伝えていなかった。
ーー今回は絶対俺を守らないでくれよ。
俺は心の中で祈っていた。
廊下を歩いていると、王妃リリスが声をかけてきた。
「少しお茶でも飲まない? こういう時は一人じゃない方がいいわ」
優しく背中を押され、部屋に誘導される。
……俺の立場を気遣ってくれているのだろう。皮肉なものだ。
リリスの実家と俺の実家は今まさに戦争中。
なのに迫害された者同士、茶を飲んで心を鎮めようとしている。
だが、不思議と俺の心は凪いでいた。
父や母から愛された記憶なんてない。だからかもしれない。
弟のことも――兄弟なのに、まったく気にならなかった。
むしろ気になるのは、祖父エドガーの動きだ。
祖父と父フェリックスは南北で家督を争い、国は分裂している。
もし祖父が父を助けたとして、どちらが指揮を執る?
父が祖父に従う姿は想像できない。祖父だって、父の言いなりになるわけがない。
……いや、待て。
アルフレードの動きが止まる。、
誰もが考えたはずだ。
ヴァルトシュタインはまず北のヴァレンティアを攻める、と。
あるいは北のオリヴィアンを直接狙う、と。
だが北はこれから雪に閉ざされる。
戦が長引けばヴァルトシュタイン兵の消耗は激しい。
雪慣れしていない彼らが冬に戦うのは、北の小国といえど、どう転んでも不利だ。
だから、雪の影響がない、ヴァルトシュタインからみて、東の山を挟んた大国グリモワールを攻めた。
国の規模としては、ヴァルトシュタインより少しグリモワールの方が大きい。しかも山越え。
無謀だ。それなのに攻めたということは...
普通に考えればこの戦争の勝算があるのだーー
確かに、まさか攻撃してくるとは思わなかっただだろうから、細い山道を進軍して奇襲は可能だったと思う。
だがその後は?
山越えをする戦いには色々な準備がいる。
補給はどうする?
兵の食料は?
武器の調達はどうする?
普通に考えれば、短期決戦でなければ無謀すぎる。
だが、グリモワールの方がヴァルトシュタインよりやや大きい。短期は無理だろう。
内部からの助けがないと...普通はやられる。
……まさか。
母アンジェリカと実兄のジュリアンが、ヴァルトシュタインと通じている……?
それなら納得いく。
父と母は、仲が良い印象も悪い印象もなかった。
ただ――父はほとんど家にいなかった。
接点が薄すぎた。
だからこそ。
裏で結託していたとしても、不思議じゃないのかもしれない。
アルフレードは背筋が冷える思いだった。
リリスはヴァルトシュタインのニノ姫で、アンジェリカやジュリアンの妹だ。
いや、王妃リリスを疑うなんてどうかしてる。
俺と同じで、母アンジェリカや兄ジュリアンから虐められたと話していたじゃないか。
だが...父親だったグスタフ王は死んだ。
リリスの母はどうなったんだろう?
もしリリスが、脅されたり、ヴィオラを無傷で守るために、オリヴィアンをヴァルトシュタインの属国にしようと考えていたら?
リリスが、暖かい紅茶を運んでくる。
柑橘の香りがふわりと広がり、冷えた指先までほぐれそうになる。
だが、俺は思わず息を止めた。
――これは本当にただの紅茶なのか?
彼女の笑みは柔らかい。
けれど、その背後にあるものを、俺は知らない。
指先が、カップに触れる寸前で止まった。
今、リリスの目の前にいる俺は、国で価値がなくてもグリモワール第一王子だ。
第二王子のヴァルターをジュリアン王の傀儡にするなら、俺はヴァルトシュタインにとって邪魔な存在だ。
アルフレードはリリスの準備した紅茶を見つめた。
ふんわり温かい紅茶は、ただの紅茶なのか?
手にするべきか悩んでいた。




