23 母に棄てられし王子
アルフレードが流行病にかかったのは、五歳のときだった。
だが不思議なことに、グリモワールの城内で流行はしていなかった。
いったいどこで――?
考えられるのは一つ。
舅であるエドガーの隠居先だ。
アルフレードはそこで兵法を叩き込まれていた。
グリモワールは「魔法のような神がかった軍略」を歴史にもつ国。その兵法書は門外不出といわれている。
その継承者として、嫡男に帝王学を学ばせていたのである。
感染がわかってから、アルフレードは嫡男であっても粗末な城から離された小屋に隔離された。
死を待つばかりの場所に。
「私は母です! なぜ私が世話をしてはいけないのです!」
思わず声を荒げる私に、侍医は冷ややかに答えた。
「……この病は、お覚悟を決めねばならぬものです。
もし王やヴァルター様にまで感染したら――国そのものが滅びますぞ」
二人から三人に一人が死ぬ病。
確かに、王妃としては引き下がるしかなかった。
それでも、母としては――何もできぬ己の無力さに歯を噛むしかなかった。
だが、もっと私を打ちのめしたのは――夫フェリックスの言葉だ。
「お前がついていながら、何をやってるんだ」
「もし俺にまで感染したらどうするつもりだ! まさか……ヴァルトシュタインから何か持ち込んだんじゃないだろうな?」
その言葉は刃より鋭く、私の心をえぐった。
政略結婚だ。愛など最初から求めてはいけない。
けれど――子を思う気持ちさえ疑うのか。
(……この男にとって、私は妻でも母でもなく、ただの“駒”なのね)
そう思った瞬間、心の奥で何かが静かに音を立てて崩れ落ちた。
◆ ◆ ◆
アルフレードは生き残った。
だが、その顔には爛れた痕。片目は失明していた。
「おかあさま……!」
泣きながら駆け寄る小さな身体。
ひゅっ――。
私は、思わず息を呑んだ。
「来ないで!!」
手が勝手に動いた。抱きついてきた幼子を、床に突き飛ばしていた。
私はあの時の衝撃で目を見開いたアルフレードの顔を忘れないだろう。
――美しかった。私の誇りだったアルフレード。
けれどもう、その面影はどこにもない。
愛が消えたわけではない。
けれど、この子は王にしてはいけない。
片目の王など、聞いたことがない。
そんな存在、国を狙う敵の標的にしかならない。
母としては不憫でならない。
だが、王妃として見たとき、国民の命を片目のこの子に預けるなんて、みんなの不安を煽りかねない。
片目が見えなくて武業に長けるということは考えにくい。
夫もおそらくこの子を守ろうともしない。
ならば。
まだアルフレードは五歳。
今なら「お前は王にはなれない」と刻み込める。
その言葉を呪いのように体に染み込ませることができる。
幸い、三歳の次男ヴァルターがいる。
アルフレードは聡い子だ。弟を支える存在として育てればいい。
あるいは――政略結婚の駒として。
せめて国の役に立てるなら、それがこの子にとって幸せな生き方になるのかもしれない。
ーーー
だが皮肉なものだ。
私はため息をついた。
アルフレードは、怯まなかった。諦めなかった。
どんなに私が迫害しても。
どんなに家臣たちに、この子は仕える価値のない子なのだと示しても。
どんなに呪詛のように...
弟のためにお前は学ぶのだ
弟の役に立つために生まれてきたのだ
弟のためにお前は死ぬのだ
そう言い聞かせても、アルフレードを慕う臣下は数多くいたし、皮肉にも武業に長けていた。
むしろ一生懸命教育を施すにも関わらず、弟のヴァルターは、夫に似て根性がない。
剣の訓練や学びを嫌い、家臣は自分の駒だと思う気持ちだけが育ってしまった。
そして、舅エドガーはどんなに片目が見えなくてもアルフレードに帝王学を仕込み続けた。ヴァルターにも声はかかったが、アルフレードと比べられたくなくて断った。
だが、アルフレードの学びが深まるたびに、まるでヴァルターが後継になることは認めないと言っているかのように感じて、更に自分のプライドが傷ついていく。
(息子の幸せを考えてわたしはこんなに心を鬼にしているのに...全部アルフレードのせいよ)
気づけば私は、アルフレードを憎まずにはいられなくなっていた
この話のベースになったのは伊達政宗です。
諸説ありますが、伊達政宗は当時、天然痘で片目を失い、それをきっかけに母親は、武将で生きる以外の道をと考えて、弟に家督を継がせようとします。ですが、それが拗れ、政宗を毒殺しようとする話がベースです。




