22 ヴァルトシュタインの一の姫 ―王国を背負う日―
アンジェリカは、王城で父の訃報を聞いた。
「……あの老いぼれ、やっと死んだのね。それとも――」
つい兄ジュリアンを疑いの目で見てしまう。
もちろん
「あなたがやったの?」
なんて口が裂けても言えない。
でも、兄がヴァルトシュタインの王になることは、悪い話ではなかった。
「やっと息子のヴァルターの地盤が安定するわ……」
父グスタフ王とは自分の婚姻同盟があるとはいえ、関係は良くはなかった。
今度は兄とは関係がいい。
むしろこれから危険なのは、リリスを王妃にしたオリヴィアンだ。
兄のジュリアンはリリスを嫌っている。
ジュリアンは、将来的にはオリヴィアンを侵略するだろう。
窓の外のグリモワールの景色を眺めながら、心の中で呟く。
(あとは、夫フェリックスにもう少しセンスがあれば、グリモワールは完璧に安定するのに)
昔の縁談のことが、ふと頭をよぎった。
――グリモワールから縁談が来たときのこと。
「へえ、お父様も一応は娘の将来を考えてるのね」
当時、ジュリアンと笑い合った。肩をすくめ、目を細める自分に、ちょっと子どもっぽい笑みが浮かぶ。
「だってリリスはオリヴィアンなんて小国に嫁入りでしょう? 冬は雪で閉ざされて動けないって聞いたわ」
ジュリアンはグラスを傾け、口元に手をあてる。
「そりゃそうだよ。リリスと比べてアンジェリカはヴァルトシュタインの一の姫だ。母上も後妻とは違う高い身分……グリモワールの縁談だって、もったいないくらいだ」
大真面目な兄に、思わず吹き出しそうになる。
幼い頃から最高の教育を受け、人目を気にしてきた自分と兄。
それに比べリリスときたら――
不細工ではない、むしろ悪くない。
だが身なりは王族として最低限、教養は「良妻賢母」止まり。
父も後妻も、母が男爵である娘に見合った家庭教師しかつけなかったのだ。
(ほんと、同じ姉妹でもこうも違うなんて……笑えるわ)
アンジェリカは肩を小さく揺らし、笑いをこらえる。
「私、自分の子供にはヴァルトシュタインで学んだ最高の教育を受けさせるわ。リリスみたいに学がないなんて、恥ずかしいことはさせない」
「おいおい、間違えてもヴァルトシュタインを攻める子を作るなよ」
ジュリアンは肩をすくめて笑う。
「誰が自分の実家を攻めようと思うのよ。するわけないでしょ。ヴァルトシュタインの教育を受ければ、子供は『ヴァルトシュタインはすごい』って刷り込まれるに決まってるじゃない」
「じゃあ、俺の代になったらグリモワールから攻められる心配はないな」
ジュリアンはグラスを置き、肘をテーブルに軽くつく。
「お兄様が攻める気がなければ、ね」
アンジェリカは腕を組み、斜め上から兄を見下ろす。
「俺が?? まさか。やるなら北のヴァレンティアかオリヴィアンだろう」
眉をひそめ、首をかしげるジュリアン。
「その後は?」
アンジェリカの視線は鋭い。
「グリモワールか……アンジェリカがいるなら安心だ。そこに力を注ぐのはもったいない。お互いの国が大きすぎて戦力を削ぐだけで終わるだろう。俺が王になるんだったら、むしろ同盟を強化して、更に別の国に勢力を広げるはず」
ジュリアンはにやりと笑った。
でも、楽しみに婚姻同盟を結んだ夫フェリックスは……いわゆる二世のボンボンだった。
教育もプライドも高い。だが、ハングリー精神がゼロ。
成り上がるのではなく、誰かが成り上がらせてくれると思っているタイプだ。
家臣の意見に従えばそれで満足。
なんだったら家臣の意見を重用する自分は偉いと思っている。
「父上みたいに後先考えずに領土を広げても、管理が大変なだけだ。どの土地も問題があるのにその解決は考えない」
フェリックスはイライラと語る。
「私は、いちいち家臣の意見を吸い上げてまとめているというのに!」
その間にも次々と問題が起き、家臣は離れ、気づけば前王エドガーまで口を出し始める。
エドガーとフェリックスの関係は、冷え切っていった。
そして予想外の事態が、アンジェリカの前に立ちはだかる。
私が産んだ息子、グリモワールの嫡男アルフレードが、流行病にかかり、片目を失明してしまったのだ――。




