21 平和な治世の裏で――父を蝕む憎悪
「お父様、どうして突然……」
王妃リリスはベッドに座ったまま、沈んだ顔をしていた。
セバスティアン王は軍備会議に追われ、ほとんど家にいない。
祖父を知らないアルフレードと、心配そうなヴィオラは、王妃リリスのそばに寄り添うしかなかった。
「せめて、俺たちで思い出話でもしませんか。少しは気がまぎれるかもしれません」
「お母様、今朝もほとんど食べてなかったじゃない……」
二人の声に、リリスは小さく笑って、けれどすぐに苦しげに眉を寄せた。
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ヴァルトシュタイン前王――グスタフ。
大きな功績を残したわけではない。
けれど戦もなく、国は安定し、家臣からの信頼も厚かった。
「でも、家の中はまるで戦場だったわ」
リリスは苦い顔をする。
「兄のジュリアンと、姉のアンジェリカのお母様は、公爵家の娘。完全に政略結婚ね。……愛なんてなかったの」
淡々と語る声が少し震える。
「外では“病死”ってことにされてるけど、本当は別の男性と一緒にいた時、事故で亡くなったの。その後母が後妻になったから、父や母の策略だと思ったみたいね」
リリスの母は男爵令嬢。
王の侍女として仕えていたところを、細やかな気遣いで王に見初められ、とても愛されていたらしい。
だが、それは、ジュリアンとアンジェリカにとっては耐えがたい屈辱だった。
アンジェリカが生まれた時には、すでに母は王と妾の関係だった。
そして、政略結婚の前妻の王妃より、愛される妾の方が力を持ち始めていたのだ。
「お母様は無理やり連れ出されたのよ!」
アンジェリカは何度も王に訴えた。
「父上が妾を正妻にするために仕組んだのだろう」
ジュリアンは、事あるごとに私へそう言った。
リリスは唇を噛む。
「二人はずっと私を見下していたわ。公爵家の娘じゃない、男爵の娘の子だって……。それは、徹底的に虐められたの」
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「……王妃様の話、よくわかります」
アルフレードが口を開いた。
「俺も、こっちに来たばかりの頃、体に傷だらけだったでしょう。あれは母、アンジェリカの命令で、逆らえなかった家臣たちにやられたんです」
「家臣が!? そんな……!」
ヴィオラが絶句し、思わず口に手を当てる。
アルフレードは小さく首を振り微笑んだ。
「違うんだ。家臣はみんな俺に優しかったよ。面倒もよく見てくれた。でも、命令を拒めば処刑。命令に従っても“王子に危害を加えた”と咎められて処刑。だから……“俺が怪我をしたように見せかける”しかなかったんだよ」
初めて目にしたアルフレードは、痩せ細り、体中に傷を負っていた。
「自分が虐められたあの頃より、もっと酷かったのね」
リリスの胸は締めつけられた。
「……だから、ヴィオラがグリモワールに来なくて本当に良かったと思う」
アルフレードが小さくため息をついた時、リリスは不安げに彼を見つめた。
「ねえ、アルフレード。アンジェリカよりも、兄のジュリアンの方が陰湿で野心家よ。これから戦は避けられない。……父は……お父様は、兄に殺されたのかしら?だって、先日までセバスティアンと普通に手紙のやり取りがあったのよ」
わかっている。
もう答えなんて出ないのだ。
でも、もしかして?と口に出てしまう。
おそらくかつての兄と姉のジュリアンとアンジェリカもそうだったのだろう。
二人にとって良き母が、別の男性と一緒にいて亡くなる。
内通の罪で死んで当然という扱いだったけれど、二人はそれを信じていない。
真実がなんであれ、時の権力者の都合のいいように歴史なんて変わっていく。
本当のことは今回と同様、時の権力者以外には知る術はないのだ。




