187 乳兄弟たちの証言
ヴァルトシュタインの宰相はバルザック、騎士団長はロウという名だった。
どちらも四十代後半ほど、冷静な目をした男たちだ。
「私どもは、ジュリアン王の乳兄弟でございます」
「乳兄弟?」
アルフレードとヴァルターが目を細める。
「はい。幼い頃は、アンジェリカ様とも親しくさせていただきました」
バルザックは少し苦笑する。
「もっとも……あの頃は、穏やかとは言えぬ日々でしたが」
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まだ子どもだった頃。
バルザックとロウは、兄妹――アンジェリカとジュリアンの話し相手であり、秘密の共有者でもあった。
「絶対、お母様は殺されたのよ!」
物騒なことをいうので二人を急いで王城近くの浜辺に連れて行く。
「だって、母は自分が公爵家出身であることに誇りを持っているの。男爵の男なんて選ばないわよ」
響くアンジェリカの声。
海風が髪を乱すたび、バルザックとロウは顔を見合わせ、慌てて口を塞いだ。
「姫様、そんなこと……誰かに聞かれたら」
「でも、俺も久しぶりに父上と出かけるって聞いてたんだ。綺麗に着飾って……でも、父じゃなかった。あれは父がクレアと一緒になるために仕組んだんじゃないかな」
ジュリアンは泣きそうな顔で呟く。
アンジェリカはいつも真っ直ぐで、言葉を選ばない。
それに比べて子供の頃のジュリアンは、どこか気弱で優しすぎる少年だった。
「リリスを、いつも俺たちの周りに置こうとするんだ」
「見張りよ。あの子、クレアに全部報告してる」
二人の囁きを聞きながら、バルザックは小さくため息をつく。
「……だからこそ、そんな話は城の中では口にしてはいけません」
「アンジェリカ様、リリス様にも今のようなことを言ってたでしょう? あの子には謝って口止めしておいたけど、もし王の耳に入ったら……」
ロウも宥める。
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リリス――クレアと王の子だが、妾時代の子供である。本当に王の子かは不明だが、クレアが王妃になると同時に、リリスは二人の間に産まれたニノ姫となる。時期がおかしいが、不貞の事故死だったので、前妻の死亡時期を公にしなかったこともある。王が自分との子供だと言っており、王子ではなく、姫だったことも良かったのだろう。
いつのまにかリリスは、ジュリアンたちにとっては“異母妹”だった。
後妻であるクレアは、リリスを二人の生活に無理やり混ぜようとした。
勉強も遊びも、常に三人一緒。
アンジェリカとリリスの歳の差が一年しか変わらなかったこともある。妾の時の子供であることを誤魔化したかったのか?二人が思うようにスパイだったのか?
それがジュリアンとアンジェリカには、母の生存中も、母を奪った後も継続され、クレアの支配のように感じられた。
「同じように扱われたくない」
それが二人の本音だった。
二人が受けてきた教育は、最高級の教育。
それに比べてリリスは、クレアに学がなかったのかあまり出来が良いとはいえなかった。
だから、同じに見られたくなくて、リリスにはつい冷たい態度をとってしまう。
だが、そんな態度は王の逆鱗に触れ、ジュリアンとアンジェリカは王城でも孤立していく。
「二人は……唯一裏切ることのない関係として、お互いを深く信頼し合っていました」
バルザックが静かに語る。
「ですが、アンジェリカ様が嫁ぐ話が本格化したあたりから、ジュリアン王は変わられました。かつてのような優しさの中に、冷たさが混じり始めたのです」
ロウが頷く。
「ジュリアン様と父王グスタフの確執がひどく、王城の中でも常に憎しみを抱いて育っていかれました。そんな王が選んだ妻も、後継者が生まれる前には別居してしまいました。いつも、何を考えているのかわからない青年になられた……」
バルザックも頷いた。
「私たちには、妻もクレアの息がかかっている。子供は作らないから、必ずそれを記録しろと。そして、確かに調べてみると、クレア王妃の関連の貴族と恋仲のようでした。」
「それだけではありません。私たちは、もともと前王妃の公爵家の親戚筋で、母がジュリアン様の乳母となりました。
その後、前王妃が亡くなりましたが、私たちは城でジュリアンを支えようと側近となりました。ところがある日、父は、突然罪を着せられ、領地も身分も奪われました」
「我らの父は、覚えのない罪で処刑されました。その時、ジュリアン様だけが『忠実な家臣だった者を信じないのか!』と王に直談判し、証拠や証言を集め、名誉を取り戻そうとしてくださったのです。」
バルザックは拳を握る。
ロウも呟く。
「しかし、父の命も、身分も、奪われた領地も戻りませんでした。かろうじて出来たのは、私たち二人を自分の側仕えとし続けることのみでした。
ジュリアン様は、力を持ちたい、王になりたい、そして、領地をもっと広げたいと考えるようになりました。かつてから、王への不満で思っていたようでしたが、いよいよ私どもにもそれを口にするようになったのです。自分が王になったとしても、すでに身分と領地を持ったものを粛清するのは現実的ではない。だが、新しい領地を持てば、そこに名誉回復と新たな領地を与えれば円満になるのではないかと考え始めたようです。」
雪の冷気の中でも、その声は熱を帯びていた。




