185 最後の勧告
まずはヘルマンが無事でホッとしたアルフレード、ヴィオラ、ヴァルターの三人は火の元で無言で木のはぜる音を聞いていた。
外はかなり冷え込んできていた。
「ヴィオラ、風邪引くよ」
アルフレードが優しい声で、毛皮の外套をヴィオラにかける。
ヴァルターは、それをぼんやり眺める。
俺はセレンにそういう優しさもってないかも...
持たないとダメだな
セレンは、義父のカインと、今後の防衛体制の話し合いに行っていた、
だんだん有能な騎士団員という雰囲気を醸し出している。
外套掛けてあげるどころか、動き回ってる。
前より活き活きしてるな。
やっぱり、コネどうこうより騎士団にいた方がいい。
「アルフレードって、マメだよな。」
ヴァルターため息をついた。
「当然だよ。こんな男ばかりのところに、こんなかわいいヴィオラを、ずっと過ごさせるなんて俺やっぱり無理!無理!無理!ヴァルターだって、視界に入ってるだろ」
「...ごめんね。焚き火の煙で視界に入りきってないや」
「ならいい!」
ごめん、アルフレード。
視界の隅には入ってるけど、俺はその先で働いてるセレンに釘付けなんだ...
そんな兄弟をみて、思わずヴィオラは微笑む。
「ジュリアンって、やっぱり人としての何かが壊れてるわ。防衛線を人の盾でつくったり、ヘルマンだけに固執したり」
ヴィオラがため息をつく。
「ヘルマンは無事で良かったけど、一度敵意を持たれたら終了って酷いよな。頭の中で新しい情報による訂正はないんだろうな」
ヴァルターも頷く。
「ヘルマンが母上の不倫相手ではないということは、その後のセバスティアンの誕生から、いい加減わかってるわけだからな。それが真実かどうかなんて関係ないんだろうな」
アルフレードは眉を顰めた。
「北部を抑えたことで、降伏勧告はしたよ。だけど、俺の名前をみてどう思うかな。当時、ガタガタ震えていた姿は知っているはずだから、ヴァルターごときがって思ってるんじゃないかな?ヘルマンを殺す命令に背いたわけだからね」
ヴァルターは自分の名前で、二人に、ジュリアン王に降伏するように呼びかけたことを説明した。
「毒入りのオリヴィアンワインを一緒につけておいたよ。
前王が毒を飲んで死んだって聞いたから、同じような死に方を選び降伏するか、生き恥をさらして抵抗するか?って」
ヴィオラは、二人の亡くなった遺体を思い出し、涙がこぼれそうになる。
それをアルフレードが察し、背中をさする。
「大丈夫、勝利は近づいているからね」
それを再び見ながら、ヴァルターはぼんやり思い出した。
王に殺されそうになったのは、人生で二回かーー
一度目は父に首を絞められた。
二度目は、普通に剣を突きつけられたわけだが...
自分のせいで死んだ母を目の前でみたばかりだった。
だが、正直、剣より母の血まみれの遺体より、ジュリアンの鋭く凍るような冷酷な目の方が記憶にある。
あんな血塗られた王の一人になってしまったな。
ヴァルターは人命の盾を攻撃した自分は、父やジュリアンと同じであると感じていた。
そして、今ジュリアンに毒入りワインを送る自分...
ーーこれで最後、こんなこと、俺で最後にしたい。
「確実に被害少なく、ジュリアンを仕留める方法はあるのだろうか?」
アルフレードが呟く。
「どこに突き進もうとしているのかわからないけど、海軍といい、人の盾といい、国民の命を軽んじすぎる。素直に降伏するかしら?自分は足掻こうとするのかしら?」
「国民の暴動を煽るか?でも恐怖が染み込みすぎて、国民が立ち上がってジュリアン討伐とはいかないよな。」
人の盾を思い出す。ガタガタ震えていた。
みんなで反旗を翻せば兵は制圧できる。
でも、国民は、俺たちの方に進み、命が散っても戦うしかないと思っていた。
「今回のことで、ヴァルトシュタインの海軍がやられて、完全に物資不足に陥るはずよ」
「雪解けと同時に、中部の鉱山の封鎖、中部を抑えるーー中部は一番兵が一番少なかったが、鉱夫が間違いなく今度の盾だろうな」
アルフレードは、もうあれは嫌だと呟いた。
「いっそ、山岳民族と話し合って、グリモワールの山越えをして、ここの港から一斉に南部を先に攻撃したらどう?」
色々考えるが、たった一人倒せば終わる戦いが、終わらない。
もし、ヴァルトシュタインの前王グスタフが、王妃を大切にしていたら...王妃が怪しげな死に方をしなかったら、こんな関係のない人たちが死ぬことはなかったのか?
ジュリアン王の敵だったはずの前王や愛人で王妃になったクレアも、その一族も、もう死んでいるのに...
その復讐はどこまで続き、どこで終わるんだろう。
「ジュリアン王は、王になりたかったのかな。いつも謁見用の王の椅子に座って考え事してた。あの椅子は、父親の椅子だったから奪いたかっただけじゃないのかな。王座に座ることでしか、自分の存在を感じられなかったのかもしれない。」
今の自分と近いのかもしれない。
ヴァルターは怖くなる。
父グスタフがクレア王妃に溺れて、政局の不均衡を招いたことを憂いて、その座を奪いたかったジュリアン。
多くの戦火を出し、多くの犠牲を出すジュリアンの政治を止めるためにその座を奪いに行く俺ーー
ジュリアンも俺も、王座を取った後のビジョンがないんだ。
俺は傀儡だもの。
そして同じように血塗られている。
「アルフレード、ヴィオラ女王。もし俺がジュリアンと同じような道を辿っていたら戦火はあげず、俺に毒入りのワインを贈ってくれるか?人命の盾を進んだ俺は、新たな恨みを産んだだろう。もしその恨みが発動しても、俺はもうあんなこと終わりにしたいんだ」
「ヴァルター...」
アルフレードとヴィオラが二人でヴァルターを抱きしめる。
「お前だけじゃない。俺たちも血塗られたんだ。恨みを浄化できるように、精一杯彼らの怒りに寄り添うしかない。一人じゃない。三人で、この国を背負うんだ」
アルフレードの言葉にヴァルターの震えと涙は止まらない。
「うん...うん」
こんなこと、俺たちで終わりにしたい。
これ以上血を流したくないーー
雪が降る中、ヴァルトシュタインの王位継承権をもつ三人は同じ気持ちを確かめ合った。




