181 傲慢の代償
「……私、傲慢な王になっていたのかしら」
ヴィオラはぽつりとつぶやく。
胸が痛くて、息が詰まりそうだった。
「そんなつもり、なかったの。ただ、お父様が築いたみたいに――
みんなで笑い合える、温かい国にしたかっただけなのに」
涙がこぼれ落ちる。
アルフレードがそっと抱き寄せ、頭を撫でてくれた。
「俺もヴィオラも、よく頑張ってるよ」
アルフレードは、すでにわたしの唯一の味方の夫に戻っていた。
「……ちがうわ、まだ頑張れてたはずなのに!!」
わたしは叫ぶ。もっとできたことがあったはず。
「でも、頑張ったからって結果が出るわけじゃない。俺たち勘違いしてたよ。全てのみんなが同じ結果で笑う国なんて、存在しないんだ」
彼の声は穏やかだった。
「誰かが笑えば、誰かが悔しがる。誰かが救われれば、その影で泣く人もいる」
ヴィオラは小さく頷く。
分かっていた。だけど、認めたくなかった。
リチャードがヴァルターにしたこと。
それは許す・許さないの問題じゃない。
立場を利用した暴行であり、もし戦場なら――敵国の思うつぼだ。
「……変わりたくないの。変わることが、お父様とお母様の作ったものを否定するみたいで。そのままでいたかった」
「でも、変わらないと守れないこともある」
アルフレードは頷き、優しく言う。
「俺もだよ。グリモワールで多くの過ちをしていたんだ。そして、色々言ってるけど祖父上も、ヴァルターのことでは責任があるとしょげかえってたよ。どれだけ経験があっても、失敗したり、判断を間違えることはあるよ。もし俺が王として間違えたら、王妃の君が止めてくれ」
「……あなたも私を止めてくれる?」
「もちろん。でも今回みたいに、ふたりで間違いに突き進んでしまったら、それこそあの二人の死が無駄になる」
指先が涙を拭う。
「俺たちは夫婦だ。つらい時は泣けばいい。でも、判断だけは感情と切り離そう」
ヴィオラは、ただ頷いた。
そうだ――私たちは王と王配だ。そこは冷徹な判断も必要となるかもしれない。
だけど、夫婦でもある。お互い苦しみを二人で癒し、抱えることもできる。
そしてアルフレードが話してくれたグリモワールでの真実に、ヴァルターが背負って来た過去を思い、私は胸の奥が苦しくなるのを感じた。
ヴァルターなら、きっと――。
わたしはそんな傷ついた彼に、更に「良心」を押し付けていたのだ。
そんな自分の傲慢さに気づいて、恥ずかしくなった。
⸻
宰相マクシミリアンに、リチャードの処遇を相談した。
「あなたたち、私の役割を忘れていませんか?決定は王であっても、あなたが、言いにくいことならわたしを利用したっていいんです」
開口一番、怒られた。
「……え?」
「私は宰相ですよ。しかも、あの時のリチャードと同じ“立場の側”にいる人間です。ずっとここからヴァルトシュタインに従う屈辱に耐えていた。
でも、もし私が国の金を勝手に使い、情報を流しているとしたらーーー二人はわたしを庇いますか?」
ヴィオラとアルフレードは、同時に首を振った。
「どうして騎士団と海軍だけ特別扱いするんです?自分に与えられた国の仕事を誇りを持って全うする。そこに差なんてないんです。お二人が庇うから、わたしは動けないんですよ」
マクシミリアンのため息が重く響いた。
「ヘルマンとリチャードには、何度も警告しました。ヘルマンだって、騎士団長をなぐり、お互いの団の関係が悪くなったのだから、団の規律違反ですよ。ヘルマンはヴァルターからも叱られたようで、落ち着きましたけどね。
でも、王が許してしまっているのだから、リチャードは全く耳も貸さない。――さて、どうします?」
ヴァルターはヘルマンを説得してくれていたのかーー
申し訳なさと有り難さで涙が出そうになる。
わたしは静かに答えた。
「リチャードは、他国の王子を害した罪で……名誉剥奪、そして投獄の上、重罪とします」
「重罪とは――死刑ですか」
マクシミリアンの視線が鋭くなる。
わたしの指先が震える。
「……死刑、が、ふさわしいのよね」
その言葉に、沈黙が落ちた。
部屋の中の三人の息遣いがかすかに聞こえる。
わたしは唇を噛んだ。鋭い痛みは、心の痛みだ。
他国の王子を傷つけた。それは戦を招くほどの罪。
そして何より、わたし自身が、それを止められなかった。
更には他国の王たちの前で、無罪放免にしてしまった。
その重大さに気づかなかった。
「……私が、未熟だったから」
アルフレードが静かに肩を抱いた。
「未熟だからこそ、次に同じ過ちをしない。それが王だ」
涙が、また一粒こぼれた。
だがもう、ヴィオラの瞳に迷いはなかった。




