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18 初恋の口づけは、嵐の序章

ヴィオラとは、あの日以来まともに口をきいてもらえなかった。

毎朝の朝練や朝食で、必ず顔を合わせるのに――。

セバスティアン王もリリス王妃も、あらまた喧嘩?という感じで、とりなそうという気もなさそうだ。


彼女はもう十六歳。

女騎士として十分やっていける実力を持っていた。

同年代の男でも、俺を除けば敵う者はいない。

力の差をうまく利用して立ち回り、彼女の剣はまるで剣舞を見ているように美しい動きだ。


更に、鍛え上げられた体に、きちんと結われた髪。

女性らしさと強さのアンバランスさに、どうしても心がざわつく。



もちろん、俺だけじゃない。

姫の夫になりたいと考える者は、この国に腐るほどいる。


今も、この国の貴族たちは、グリモワールの“役立たずの人質”なんかじゃなく、ちゃんと縁組を結ぶべきだと声を上げている。


じゃあ、俺はどうなんだ――?

政略結婚じゃなかったら、自分はヴィオラに何を感じていたんだろう。


……そりゃ、間違いなく、好きだ。

多分ヴィオラが考えている以上に相当好きだ。


この国に来て、あの日、笑顔で迎えてくれた瞬間から――。

初恋だ。


唯一、気を使わずにいられる相手。

もし、彼女の隣に別の男がいたら……


俺は――いや、考えたくもない。


だから、やっぱり伝えよう。

ちゃんと、ヴィオラに。


朝食の後、俺は彼女を捕まえた。

「……あのままじゃダメだ。少し、時間を作ってくれないか?」


大きく息をつく。

ヴィオラは、ちょっと並んでため息をついた。


ーーー


二人きりになった。

机の上にはカッターの勉強道具が並んでいたから、侍女はいつもの勉強が始まると思って気を利かせて静かに退室する。


「……あ、あの」

いざヴィオラを前にすると、声が喉に引っかかる。

結局、俺は――彼女に嫌われるのが怖いんだ。


「勉強なら、一人でできるわ」

ヴィオラはツンと顔を背ける。


逃げちゃダメだ。

今言わなきゃ、もう二度と。


「そ、その……唐突だと思うけど――」

心臓が跳ねる。手が震える。

「ヴィオラが……好きだ」


耳まで真っ赤になるのが自分でもわかる。

けど、止まらない。


「いつどうなるかわからない立場だから、言えなかった。でも……初めてこの国に来たとき、君の笑顔にどれだけ救われたか。初めて君に叱られたときも、本当は嬉しかったんだ。

唯一、気を遣わずにいられる相手だった。だから、俺は甘えすぎてたんだと思う。でも、本当は誰よりも、君が好きだ」


「……政略結婚だから? 私が怒ったから言ってるんじゃないの?」

ヴィオラの声は冷たい。いつもの笑顔も見せてくれない。


「違う!」

思わず声が大きくなる。


「俺の立場は危うい。いつ別の男に君を奪われてもおかしくない。……でも、それが耐えられないんだ。

もし君の隣に他の誰かが立つなんて、苦しくて考えるだけで嫌で、気持ちを明確にするのが怖かった」


喉が締めつけられる。

それでも、吐き出さずにはいられない。


「俺の人生で……俺を大切にしてくれたのは、君だけだったから」

沈黙が走り、ヴィオラが、はっとした顔で俺を見た。


「……ごめん。私こそ、もう普通に“家族”みたいに思ってた。そうだよね。それはここまでアルフレードが築き上げたものだったのに」


あんなに怒っていたのに、一気にオロオロし始める。 


「違うの。アルフレードはもう皆から一目置かれてるのに、私は女ってだけで、どれだけ頑張っても認められなくて……アルフレードにもそう見られてるんじゃないかって悔しかったの。私あなたの何を見てたんだろう」


ヴィオラはしゅんとした。


「……ううん。政治のことと気持ちは別に考えるべきだった」

俺は首を振る。


「本当は、毎日ちゃんと“好きだ”って伝えるべきだった。だって、出会ってからこんなに長い時間を一緒に過ごせていたんだから」


俺はそっとヴィオラの手を握った。

手のひらから伝わる体温に、心臓が跳ねる。


「……もし君が嫌じゃなかったら。俺たちの――ファーストキスを、やり直したい」


「っ……」

ヴィオラは真っ赤になって、それでも小さく頷いた。


ぎこちなく握り合う手。

お互いの緊張が伝わってくる。


俺はそっと唇を重ね、すぐに離した。

――沈黙。

けれど、重苦しいものじゃない。


「……なんか、照れるな」

「……うん」


二人で見つめ合い、同時に笑った。

そして今度は、お互い自分から求め合うように抱きしめ合いながら、深く唇を重ねる。


「これからは……こうやって、ちゃんと触れ合いながら話そう」

「……うん」


ヴィオラの頷きに、胸が温かくなる。

やっと、幸せになれた気がした。


――だが。

この時、俺たちはまだ気づいていなかった。

運命の歯車が、静かに回り始めていることに。



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