176 沈黙の責任
エドガーはアルフレードとグリモワールの王城に戻った。
グリモワールの王城は、秋特有の少し乾いたひんやりとした風が流れ込んでいた。
王城の窓辺から見せる美しい紅葉の木々に心は癒やされるが、執務室の中は静まり返り、二人の雰囲気は冷え込んでいた。
エドガーはその窓辺に立ち、視線をその美しい季節をみながら言った。
「この間、ヘルマン殿とヴァルターはここに立ち寄ったのだろう」
ヴァルトシュタインの調査から戻った時のことだ。
俺――アルフレードは小さく頷いた。
「はい。ヴァルターと久しぶりに二人で飲みながら話をしました。二人きりで話したのは……ここで囚われていた時、ヘルマンが彼の面倒を見る話をしたとき以来だと思います。五年ぶりですね」
グリモワールの国の王の執務とオリヴィアンの往復は容易ではない。
わずかな時間を、ヴィオラや息子と過ごすことに充てていた。
だから、同じ国内にいてもヴァルターと腰を据えて話す機会などほとんどなかった。
「その時、何か変化はなかったか?」
胸の奥で、ドクンと音が鳴った。
「なんか、達観しているような...全てを終わらせたがっているような雰囲気でした」
そうだ。
ヘルマンはかなりヴァルターを気にしていた。
しかも、俺はヴァルターに、レオポルト王の指示のもと、ヴァルトシュタインの傀儡の王になれと言ったのだ。
「ヘルマン殿は、あの日早くグリモワールから離れたかったようだ。城の使用人がヴァルターを見る目が、明らかに歓迎されている状態ではなかったらしい。気づいていたか?」
「......気づいていました。侍女に抱きついたり、戦争を起こした時に城にいたし、王都を燃やしたりしたわけだから仕方ないと...そう思っていました。」
「ふむ、では、今の中で何が間違いか気づいたか?」
エドガーの声が静かに刺さる。
俺は、ゆっくりと頷いた。
俺が“仕方ない”と片づけた。
だが実際、ヴァルターは戦争の開始の時、母に部屋に幽閉されていたと確認が取れている。
父の殺害にも関わっていない。王都が燃えたとき、彼はすでにヴァルトシュタインに渡っていたのだ。
それでも俺は、訂正もしなかった。
――つまり、俺もヴァルターに戦争責任を押し付けていた。
そして、ヴァルターは本当に王になれないのか?その確認もすることなく、過去のやり取りから傀儡になるしかないと思っていたのだ。
(なんて浅はかだったんだ……)
エドガーの重いため息が聞こえる。
自分の中に無意識に蝕まれていた胸の奥の黒い靄が俺の中で明確になる。
エドガーが口を開く。
「アンナを呼べ」
やがて扉をノックする音がする。落ち着いてピンと姿勢がよい姿は変わらない。
アンナは、セバスティアンの乳母を務めて以来、今は侍女頭を離れ、侍女たちの指導役となっていた。
エドガーは王に復権してから、王城内の配置を常に入れ替えていた。
長らくヴァルトシュタインの間者が潜り込んでいたため、誰一人として油断できない。
「ここが本丸だからな」――そう語ったエドガーの言葉を思い出す。
だが、オリヴィアンの城では、ヴィオラが王になってからそんな対策をしていない。
誰か一人でも裏切れば終わりだ。
ヴィオラも、息子も……。
ぞっとした。
警備だけは手厚かった。
だがこの間のリチャード騎士団長の様子を見たら、彼が一人裏切れば、簡単に警備など突破される恐ろしさを知る。
そこに、あの対策をしていないオリヴィアンの王城。
もし一人でも手引する使用人がいたら......
「お呼びでしょうか」
エドガーの前では、アンナは気安さはない。
きれいな所作に、聞かれたこと以外は答えない、見えていても見ない。
「ここにいたときのヴァルターのことが聞きたい。お前、あの時の侍女頭だろう」
少し間がある。
「アルフレード様、エドガー様がこのようにおっしゃられておりますが、お答えしてもよろしいでしょうか?」
アルフレードは目を見開いた。
エドガーがにやりと笑う。
「ほお、アンナの主人はアルフレードか」
アンナは一歩前に出て、深く一礼した。
「王城に勤める者のすべての使用人の主人は――王でございます」
その一言に、俺は救われる。
だが、それは先程の騎士団長の動きとは異なる。
騎士団長たちにとっての主人は、まだエドガーなのだ。
そして、アンナの一言で明確になったことがあった。
(……そうか。使用人たちがヴァルターを蔑んだのは、俺がそうしていたからなんだ)
「ありがとう、アンナ。いろいろあったが……俺がいなくなってからのヴァルターの様子を知りたい」
「承知いたしました。アルフレード様がいなくなってからのことですね……」
アンナは一度息を整え、ゆっくりと語り始めた。




