175 王の重さを知る日
アルフレードは、グリモワールの騎士団を巡回するエドガーに付き従っていた。
そのたびに、自分とエドガーの差を痛感させられる。
まず、エドガーは南中北部の騎士団長たちを一堂に集め、オリヴィアンでヴァルターが受けた被害の詳細を説明した。
北部に配置転換したばかりの騎士団長ゲオルクは、呆然とした顔で口を開く。
「……うちは、ヴィオラ女王を丁寧にもてなしたはずです」
同様にかつて北部にいた中部騎士団長ダリオンも声を荒げる。
「うちだって、女王には鎧で訓練させるときも怪我がないよう細心の注意を払った! 恩を仇で返されるとは……」
アルフレードは慌てた。このままでは、ヴィオラが悪者にされてしまう。
言葉を出そうとした瞬間、エドガーが鋭い声で怒鳴った。
「お前は黙って、みんなの意見を聞け!!」
その迫力に、騎士団長たちは一瞬、沈黙する。
先日南部に配置転換された騎士団長ピーターが、かろうじてフォローの口を挟む。
「た、たしかに……ヴァルター様は、この戦の原因となった方でもありますから、オリヴィアンの怒りも……」
しかし、エドガーの声は雷鳴のように響いた。
「誰が原因だ? ヴァルターはフェリックスを殺したのか? あいつがヴァルトシュタインの兵を引き入れたのか? アンジェリカ元王妃を一人で捕まえなかったことが罪か? 部屋に幽閉され、敵国に送られたのに、それを悪というのか!!」
「いえ、とんでもありません……」
あっという間に、エドガーの言葉によってヴァルターは「母に逆らえなかった子供の囚われの王子」へと変わる。
さらに、第二王子なのにオリヴィアンでリチャード騎士団長にリンチされた可哀想な王子像まで作られてしまった。
一言で、誤解された可哀想なヴァルターと、戦争責任を擦り付ける女王という構図までできあがる。
「ま、待ってくれ! ヴィオラはそんな……」
アルフレードは必死にヴィオラの名誉を守ろうとするが、エドガーに制される。
「お前には、この後話がある。騎士団長たち、ヴァルターの名誉回復をしろ。自国の王子を守れない騎士団だと思われてはならぬ。オリヴィアンの騎士団は違うことを示せ。第二王子に忠誠を誓い、守ることを徹底せよ。恥ずかしいと思うなら、今すぐ動け!」
騎士団長たちは悔しそうに顔を歪めた。
他国に「自分の王子を守れない」と思われた屈辱。
そして、実際に自分たちの部下の中にヴァルターを軽んじる者がいるという現実への怒り。
「すぐに動け!!」
騎士団長たちは動き出す。アルフレードは、ただ呆然と見つめるしかなかった。
「祖父上……あんまりです。私は王です。これではヴィオラが誤解され、冷たい女に見られてしまいます」
「事実ではないか」
「え?」
「今の会話で、リチャードが勝手に動いたといった者はいたか?」
はっとするアルフレード。
もしそんなことを誰かが言えば、国の権力が軍に移ったと言っているのと同じだ。
「いえ……」
「ヴィオラの指示じゃないと主張する方が、もっとタチが悪い。しかも、騎士団長たちの悔しそうな表情を見たか?」
「はい……」
「お前の行動は、彼らの誇りを傷つけたのだ。『うちなら安全だ、危害を加えるやつはいない』と胸を張って言えたか? お前自身、騎士がヴァルターに危害を加えても問題ないと思っているから、五年経っても軽んじる者が出るのだ。王の言動一つで、人の扱いはあのように変わる。それに、時々あいつに教えを授けているが、どうにもならんとは思ってない」
エドガーはため息をついた。
「もちろん、理解はお前ほど早くはない。学ぶ機会がなかっただけだ。今は前向きだろう。お前の小さい息子と一緒に学ぶ屈辱にも耐えている。過去の記憶に引きずられず、今の環境で変化していることを認識しているか? 立場や環境で、人は悪にも良くもなる。それを意識しなければ、優れた人材は集まらず、汚職や武力行使に走る者が現れる」
アルフレードは深く息を吸った。
耳が痛い。言葉の重みが、心にずっしり響く。
「自分はヴィオラや子どもたちがいちばん大切です。申し訳ありませんが、国民よりも国よりも家族を優先してしまいます」
「では、その優先した結果はヴィオラ女王にとって良いことになっているか?」
「妻を守る。だがそれは家庭人で妻を守るなら良い。ヴィオラ女王を非難するものからただ守る。それは、彼女が間違えを犯していても助長していることにならないか?」
「間違いですか?」
「そうだ。お前と彼女は、自分の目で見える範囲の善だけを信じている。そして、非難するものはすべて悪だと思ってないか?」
「そ、それは……」
「今のお前たちの関係はお互いのためにならん。間違いを正すことなく、彼女が善き人と思われるためなら周囲が悪者になっても構わないと考えている。批判するものも悪だろうな。そして、ヴィオラ自身の問題は自分の周りに昔からいてくれる悪いことを言わないもののみ重用する。新たな存在を知ろうともしない。この五年、オリヴィアンで彼女を取り巻く人間に変化はあったか?」
アルフレードははっとした。
ヴァレンティアは息子に王を譲ろうとしている。エドガーはアルフレードに譲り、こうやって補佐をしながら、騎士団長やそれ以外も配置転換してきた。
オリヴィアンは、セバスティアン王の時代から何も変わらない。
「人を新たに育成するのも上の役目だ。そうしなければ未来はない」
俺たちはただ引き継ぎ、何も変えず、平和な日々を守るために手をこまねいていたのだ。
愕然とする。
「祖父上、俺は今からグリモワールを、そしてヴィオラ女王をどう支えれば良いでしょうか」
不安と絶望が、胸を押しつぶす。




