173 傷と誓いの三週間
ヴァルターの傷は、それから三週間もすれば見た目こそ痛々しいが、だいぶ落ち着いていた。
胸の骨も、深呼吸や腕を上げる時以外は痛みも和らぎ、ようやく顔色にも安堵が見える。
「ついこの間、君と離れがたいって言ってたのに……すぐに会うことになってしまって、恥ずかしいよ」
ヴァルターは照れくさそうに目を伏せる。
「ううん。恥ずかしくなんてないわ。――生きててくれて、よかった」
セレンとの会話は穏やかだった。
取り繕う必要がない。ただ、春のようなぽかぽかとした気持ちになる。
好きという意識すら始まったばかりの関係だったのに、抱きしめ合い、キスを交わし始めると友達ーーではもうない。それでは満足できない。突然、お互いに男女を意識し始める。
会話の間はいつもお互いの手を握っていた。
ヴァルターの手の傷が癒えているのに、セレンの手にマメがたくさんできている。
ヴァレンティアに帰ってからの話や愚痴を聞きつつも、ヴァルターは心配そうに気遣う。
「怪我は大丈夫?」
その手を、そっとヴァルターの唇に寄せる。
淑女としては美しくない手を大切に撫でる。
「大丈夫よ。大丈夫じゃないのは、あなたよ。自覚して」
「そうだね。矢が飛んでくる練習、またしないといけないよね。ちょっと怖くなってしまった」
「怖くない方がおかしいわ」
セレンも、ヴァルターの金髪の柔らかい髪を撫でる。
撫でるとふわふわする。
「でも、よく頑張ったからしっかり撫でてあげるわ」
そう言ってセレンが触れるとヴァルターは嬉しそうにする。
「今回のことがあったから、セレンと別れろって言われちゃうかな?挽回できないかな?」
「言われないわよ。おかしいのはあなたじゃないわ」
「でも、死刑でもおかしくない俺を助けてくれたのはアルフレードなんだよ。しかも、行き場がない俺をヘルマンのところで過ごしてもいい許可をくれたのはヴィオラ女王なんだ。二人には恩返ししたいのに、嫌な思いをさせてしまった」
ヴァルターの顔が歪む。
ヘルマンが見舞いのたびに二人のことを怒っている。
「ヘルマン、二人だって一生懸命頑張ってるんだよ。」
そう止めるが、思い出すとしんどくなる。
でも、みんなに迷惑がかかる。
奮い立たせようと頑張る。
「リチャード騎士団長の元でやるのは正直嫌だけど、グリモワールに帰ってもあまり居心地がいいわけじゃないんだ。でもどっちかに帰らなきゃね」
そういうと、息が苦しくなり、手が震える。
セレンが慌てて「大丈夫、無理しない」と包み込む。
セレンがそういうには訳があった。
侍従の話だと、夜もうなされているらしいのだ。
「ねえ、私たち本当に結婚しない?今回のことと、結婚は別って言ってもらえてるの。あなたが苦しんでいる時にずっと横にいたいのよ」
セレンはヴァルターを見つめた。
「セレン、今回のことで分かっただろ。俺と関わったら、今度は君が嫌な思いをするかもしれない。巻き込みたくないよ」
その震える手で、苦しそうに言葉を紡ぐ姿をみると、セレンは抱きしめたくなる。
「巻き込まれたいの。横でただ眺めて過ごす他人になりたくないの。」
それは、身内にも関わらず助けようともしなかったアルフレードとヴィオラへの怒りだ。セレンも怒っていた。
自分やヘルマンの方が彼のことを大切に思っているのに、自分たちは他人なのだ。
アルフレード王やヴィオラ女王が何度か面会を申し込んできていた。
だが、リチャード騎士団長は普通にオリヴィアンで騎士団長のままだ。
結局、ヴァルターを懐柔しようとするのでは解決しない。
今は、レオポルト王が、容態が安定しないと断ってくれている。
だけど、他人が断るには限界があるのだ。
「お父上が本当にいいと言ってくださるなら、もちろん妻に迎えたい。だけど、君の幸せが一番だから」
だが、そんな二人の関係に援護射撃をくれるのは、セレンの母シャーロットだった。
身動きが取れない間、ヴァルターはシャーロット夫人に刺繍の図案を提案したり、セレンの小物に美しい刺繍を入れたものを作ったりと、細やかな優しさを示す。
セレンが汗まみれなら汗を拭いてあげる。
髪を短くしていても、気にしない。
何より、所作が綺麗で、ここまで大切に扱われたら恥ずかしくなりそうなほど、女性へのエスコートがうまい。
ヴァルターを知っているものからすると、王城のみ発動する社交性が、シャーロットの前で遺憾無く発揮されている感じだった。
そんな砂糖菓子のような夢のような恋話が大好きなシャーロット夫人は、あっさり??夫の了承をとり、善は急げと二人の結婚式や婚礼衣装を準備する。
「わたしの衣装なの。娘に引き継げるのはうれしいわ」
それは、セバスティアン王との結婚で着用予定だったドレス。縁起でもないと着なかったが、国の威信をかけ作らせた素晴らしい品で誰も袖を通さないままだったらしい。
「だって、今から注文は時間がかかるし、ものに罪はないわよね」
シャーロット夫人は、時が経ちポツンと呟く。
本当は祝福されるはずだったドレスは、その機会をもらえなかったのだ。
愛する夫と出会えて、その娘が愛する人と結婚できるなら、このドレスも使ってあげたいと思ったらしい。
本当にトントンと話は進む。
ヴァレンティアの教会で、限られた人たちの中で挙げる結婚式となった。
ヴァルターのそばにはエドガーやヘルマン、ヴァレンティアで訓練を受けていたオリヴィアンの海軍兵たちが、セレンはレオポルト王や王妃、父母や高位貴族に囲まれて祝福されながら誓いを述べる。
豪華な指輪やベルト、宝石や織物などの婚礼品は、エドガーが準備して、ヴァルターが肩身の狭い思いをすることがないようにとヴァレンティアに渡された。
「祖父上、ありがとう。アルフレードにもありがとうと伝えて」
アルフレードもきっと裏で俺のために奔走してくれたに違いない。
エドガーは、まだ、アルフレードに怒りを爆発させていたが、彼がいなければ今日の幸せは来なかったのだからと感謝を伝える。
陽の光がステンドグラスから広がり、誓いの言葉が大聖堂に静かに響く
ヴァルターの唇がセレンの柔らかい唇に触れ誓いが締結した瞬間、セレンは胸がギュッと締め付けられた。
ヘルマンは、男泣きをしている。
きっと、この挙式の報告を、墓に行って母上にするんだろう。
「まだ、ヘルマンには助けてもらわないとな」
「当たり前だ。お前の場合は、結婚しても恐ろしすぎて目が離せるわけがない。俺も死ぬまで、こいつの面倒見るよ。セレンに申し訳なくて仕方ない」
「わたし一人では、ヴァルターは無理です。」
セレンとヘルマンの二人はなぜか大真面目に頷いている。
ちょっと酷くないか?
今日結婚式だぜ!
だが、確かに問題山積だった。
まだ、自分たちがどこを生活拠点にするのか決めきれてない。
今のオリヴィアンとグリモワールには戻らない方がいいといわれ、しばらくはヴァレンティアで家を借りる予定にしていた。
ただ、今夜は初夜の儀をヴァレンティアの王城で行う予定である。ヴァルトシュタインの後継者問題にも絡むから仕方がない。初夜の証明をしなくてはいけないので、証明してくれる儀式も王城であればスムーズだった。
いよいよ...か。
ヘルマンに、閨教育はこれでもかとしてもらったが。えらく熱心だったな?なんでだ??
初日にそんなに頑張るやつなんているわけないのに、頑張りすぎないようにすごく忠告されるんだが?
俺は首を傾げた




