171 怒りの代弁者
ドカッ!!ーーヴァレンティアから帰ってきたヘルマンの怒りに震えた拳が、リチャードの頬をぶち抜いた。
「お前は、ヴァルターの何を知ってる?あいつの苦しみや努力の何がわかる!たった十六歳だったあいつが、フェリクス王やアンジェリカ王妃、ジュリアン王を欺けたと思うか?お前が十六歳の時を思い出してみろ。」
リチャードは視線をずらす。
「ヘルマン!やめろ!やめてくれ!気づかなかった俺たちが悪いんだ」
アルフレードが叫ぶ。
「気づかなかった?そんなわけないよな。気づいてないんだとしたら弟がそうなってもいいと思っていたか、よっぽど関心がなかったかのどちらかだろう。お前も、ヴィオラ女王も、ヴァルターが置かれた状況は気づいていただろ?」
リチャードの襟元の服を握りしめ、次の拳を上げようとするのをアルフレードや他の騎士団員が抑える。
「体をボロボロにしても、上から鎧をつければ見た目はわからないよなあ。矢にびくびくするあいつを横で見て、戦で笑おうとしていたんだよ。騎士団員には、こいつはそう言う扱いをしてもいい奴だって周知させてな。
アルフレード!!お前は今俺を止めてる。まわりに、ヴァルターはそういう扱いしてもいいんだって!そうやってお前が周知してるんだよ。」
アルフレードは思わず手を引っ込める。
俺が??
俺がヴァルターを?
「お前がアンジェリカから酷い目にあったことは知ってる。それをずっと一緒にみて止めもしないヴァルターに恨みがあるのか?でもお前たちの方がたちが悪いさ。当時のあいつは母親に気に入られるしか生きる道はない。今のお前はあいつをどうとでもできる権力があるだろ。その上で守らないってどういうことだよ?ヴィオラや子供が同じ目にあって、同じ態度でいられるか?」
ヘルマンは、はあはあ肩で息をしていた。
ヴィオラは、ショックを受けすぎて、ヘルマンを見てやめてと叫ぶしかできなかった。
リチャードはセバスティアンの信頼おける家臣だった。だが、忠誠を誓ったのはセバスティアンであってヴィオラじゃない。それが明確になったのだ。
ヴァルターは他国の王子であり、他国の王族関係者の婚約者だ。それに暴行を加えて、何もしないのは、それは王の指示だと責められても仕方ない。
しかも、アルフレードも、ヴィオラもそれぞれの国で、ヴァルターへの強い憎しみを持っている人たちがいることを知っていた。
知って注意をしただけで、正そうとはしない。
今も、子供の頃から信頼していたリチャードを無罪放免にした状態だ。
ヘルマンが苦しそうに喚く。
「傷だらけだったんだよ。ヴァレンティアの王に呼ばれて駆け付けたら、それでも、迷惑かけてごめんって謝るんだよ。何もしてないのに、びびりで、痛いこと嫌いなのに。骨までダメージ受けてるのに、静かに微笑んでるんだよ。」
目頭を抑え、涙を抑えようと、耐えようとする。
「ヴィオラもアルフレードもこれで満足か?みんなの不満の捌け口にされて、ただ笑って耐えてくれたら丸く収まって満足か?お前ら二人、頭のどこかでヴァルターはそうされても仕方ない。馬鹿だ、弱い、役に立たないってあいつを下に見てるだろ!!」
そう言われて、アルフレードもヴィオラも返事ができない。実際、あいつはなんて馬鹿なんだと思ったことは何度もあった。
昔、アンジェリカに命じられた家臣が、自分を殴った状況と変わらない。いや、もっとタチが悪い。
「みんな馬鹿にするけど、あいつは受けて来た教育が違うだけで、お前たちより上手くできることもたくさんあるし、出来ないことは必死にやってたよ。ここ5年の成長見たらわかるだろう!少なくとも俺の目の光る海軍であいつをあんな目にあわせるやつはいねえし、みんな可愛がってるよ。」
ヘルマンはリチャードを再び殴り上げようとする。
もう殺してもいい勢いだ。
ヘルマンは、ヴァルターを息子のように可愛がっていたが、この怒りが父親が持つ感覚なのか....アルフレードは、呆然としていた。そして、ただ、みんなでそれを押さえ込むしかなかった。
ヘルマンは少しでも暇があれば、ヴァルターの見舞いに駆けつけていた。もう、ヴィオラの家臣ではなかった。
数日後。
エドガーが、剣を携えて現れた。
その目は、燃えていた。
「なんで止める!! 孫があんな目にあって、こいつがなんでまだ生きている!?」
エドガーの怒号が響く。
「わしが成敗してやる!!」
彼もまた、ヴァレンティアまで面会に行き、ヴァルターの傷だらけの姿を見たのだ。
震える手で、剣を握りしめながら怒りを露わにする。
「ヴァルターは言った。気にしないでいいと……みんなが困らないようにって。
だがな、あの戦の本当の敵は誰だった? ジュリアンと……両親だろう!!あいつはただ部屋にいるように指示され、隣国に逃げるように言われただけだ」
アルフレードは言葉を失った。
祖父は、王としての姿勢をアルフレードに聞いているのだ。
自国の、それも弟が、他国の騎士団長にやられて、守る気がないことを責められている。
ヴァレンティアのレオポルト王から言われたことと同じだ。
「アルフレード。わしはお前に任せておけん。グリモワールの騎士団を回る。
グリモワールでもヴァルターは同じような目にあってるはずだ。
孫が、第二王子が迫害されて、他国に守られねばならんなど──恥を知れ!」
その言葉が、胸を抉った。
アルフレードは呆然と立ち尽くす。
──俺は、この五年、何をしていた?
誰を守った? 誰を見捨てた?
そして気づく。
今まで自分とヴィオラは周囲から見て「被害者」だった。
それが今や、「加害者の代表」になっていたのだ。
……守るべきものを、傷つけて平気になっていたのはいたのは、自分たちだった。




