170 矢の雨が告げた裏切り
ヴィオラは、ヴァルトシュタインの戦いを控える中で、少しホッとしていた。
「ヴァルターが、セレンと結ばれてよかった」
嫌な考えかもしれないが、この二人が結ばれることで色んなことがスムーズに運ぶ。
ヴァルターがヴァルトシュタインの王になって、セレンとの間に子供ができれば、ヴァレンティアとグリモワールの間に生まれた子になる。それぞれの国に、血のつながりができるのだ。
「ヴァルトシュタインさえ抑えることが出来たら、連邦制も近いかもしれない。そうしたら、平和な国になるよ」
アルフレードも微笑む。
今日は、レオポルト王が、オリヴィアンにきてヴァルターとセレンのことを話したいという。
だから、アルフレードもオリヴィアンから帰ってきた。
ヴァルターは、グリモワールの第二王子だが、廃嫡され、オリヴィアンでヘルマンが育てているので特殊事情がある。
どこの国で結婚するか、日取りや婚礼準備も詰めないといけない。
セレンの父もやってくるそうだ。
「戦争準備も始まっているから早い方がいいよな」
「そうね。ヴァルターは、今騎士団で、私が受けた訓練と同じ訓練を受けてるわ。あの鎧、体力使うのよね。」
「ひたすら矢を受け続けるやつだな。今回、あいつは槍を使うらしい。ヘルマンから聞くまで知らなかったが、あいつ弓が凄いんだよな。槍も、剣に比べたら上手いらしい」
「痛い訓練が嫌だったのね。そういえば、ヘルマンは、今ヴァレンティアの海軍との訓練で不在なのよね。」
あれから、二人の婚約が伝えられて、あとは日取りや細かい結婚のやり取りになる。
冬までに北部を攻めたいので、ヴァルトシュタインの訓練も余念がない。
今後はヴァルターを中心にどんな陣を組むか、どう攻めていくかを話し合っていくことになる。
客間に、レオポルト王とセレンの父のカインが入ってきて、お互い挨拶を交わす。
アルフレードとセレンの父のカインは初めて会うため、アルフレードも緊張している。
「弟は至らないところがありますが、セレン嬢を大切にしたいという気持ちは強く持っています。どうか末長くよろしくお願いします」
グリモワールの王ではなく、兄として弟の幸せを祈りたい。
あいつも、色んなしがらみから抜けて、幸せになった方がいい。俺がヴィオラに救われたように、ヴァルターにも安らぎのひと時を与えてもらえる空間があったらいいと思っていた。
「セレンからヴァルター殿のことは、詳細に聞いている。娘は、私の教育が行き過ぎたのか、辛い思いを国ではさせてしまってね。短期間で、あんなに目が輝いて戻ってきたから驚いたんだ。しかも、ヴァレンティアの騎士団で私と共にヴァルター殿を守りたいと言う。」
アルフレードの顔は曇る。
「ですが、さすがに危ないでしょう。家で待っていた方がいいのでは?」
「ヴァルターを守れるのは自分だけだと言うんだ。そして、私にも一緒にヴァルターを助けてやってほしいと言われるとね。」
カインはじっとヴィオラとアルフレードを見つめる。
娘が戦場にいって夫を守ると言われたら、それは嫌だろう。
だが、ヴァルターはあの性格だ。
私が守ってあげなければと思うのは、恋心か母性か。
ヴィオラとアルフレードの居心地は悪かった。
「すいません。グリモワールの事情で、剣技は得意とは言えませんが、弟も必死で訓練を続けています。どうか、グリモワールやオリヴィアンの騎士団と一緒に弟を守ってください」
アルフレードは、申し訳なさとありがたい気持ちが混じっていた。ヴァルトシュタインは強敵だ。今回は北部だけだが、それでも亡命を食い止めるために北部には兵が多くいる。
危険と隣り合わせだ。
「せっかくなので、娘の夫の訓練をそっと隠れて見たいんだ。視察となると緊張されてしまうからね」
カインの照れたような困ったような顔を見て、ヴィオラは笑顔で了承する。
「わかりました。今はプレートメイルをつけて、矢をかわしたり矢に慣れる訓練中です。」
ヴィオラとアルフレードは、騎士団の訓練が見えるところに連れていく。
だが...
「なんだ!!これは!!」
アルフレードは叫び、ヴィオラは自分の目で見たものが信じられない。
そこには、ヴァルターが正座で、矢の先こそ安全にされているが、勢いの良い矢を鎧などつけずにリチャード騎士団長を先頭に騎士団員が当て続けていた。
ヴァルターの全身に内出血の跡が見える。
今日だけの傷ではない。
「リチャード!お前何やってる!!」
「アルフレード様、これは矢に怯えないようにする訓練です。弟君だからって訓練を止めないでいただきたい」
リチャードは顔色ひとつ変えない。
そこに、すっとレオポルト王が出てくる。
「ほお、なかなかオリヴィアンはスパルタだな。カイン?矢に怯えない訓練は、こんなふうに正座をさせてひたすら矢に当たる練習なのか?」
顎に手を置き、カインを見る。
そしてヴィオラにも視線を送る。
ヴィオラは震えている。
「いえ、これはただの虐めですな。少なくとも矢への恐怖心が増すだけですし、お体を見ても損傷がひどい」
「ふむ、ヴィオラ女王、あなたがグリモワールで受けた訓練は、正座で何もなく矢を当てられるような尊厳を傷つけられるものだったか?」
「い、いいえ。リチャード、なぜこんなことを?」
ヴィオラは、あまりのショックに声が出ない。
ヴァルターはかなり痩せて、内出血の数も多く痛々しい。
骨折もしているかもしれない。
今ヘルマンは長期不在で、セレンもヴァレンティアに帰国して様子を教えてくれる人はいなかった。
何も把握してなかったとヴィオラは愕然とする。
その様子を見たアルフレードは、ヴィオラの肩を抱く。
「レオポルト王、我が国のお恥ずかしい姿を見せてしまい申し訳ない。後ほどリチャードには理由を...」
レオポルト王は、すっと手で静止してカインに目配せする。
カインはすぐヴァルターに肩を添える。歩けるが声を出すのも難しい。
足にもおびただしい傷がある。
ひゅっ!アルフレードもヴィオラも息を呑む。
「さて、リチャード騎士団長。君は騎士団長、それを束ねるのは王だ。これは、ヴィオラ女王がさせたものと受け取るがそれでいいかね?」
アルフレードが慌てて止まる。
「いえ、女王はそんな指示は...」
「アルフレード王、それは通用しないよ。そして、その理由はセバスティアン王と王妃の復讐のつもりかい?」
「.......」
静寂の時が流れる。
リチャードは悔しそうに頷いた。
「この男が戦争を引き起こさなければ、ヴァルトシュタインがうちを攻めてくることはなかった。こいつさえいなければ!!」
「そうかい。なら、私も君から矢を当てられなければならない。当てたらいい。君の行動はヴィオラ女王の意思だ。セバスティアン王が亡くなったことが憎いのなら、私も同罪じゃないかね?」
リチャードは何のことだという顔をする
「なぜ、私が同盟を結ばなかったからわかるかね?私とカインは、なんの瑕疵もなかった妹を直前で婚約破棄にして笑い物にしたセバスティアン王と王妃が許せなかったし信用できなかったから、直前の同盟は拒否したんだよ。でも、同盟していたら助かったんじゃないか?なら私も恨むべき一人だ」
レオポルト王はカインに、ヴァルターを連れていくように指示する。アルフレードがそれを止める。
「何故止める?君は、グリモワールの王だ。でも、今、第二王子で国民でもあるヴァルターを守ろうとしたかね?君が守ろうとしたのはヴィオラ女王とその家臣のリチャードだよ。一度もヴァルターの元に行かなかったじゃないか?
私なら自国民がこんな目にあってたら許さないよ」
冷ややかにアルフレードとヴィオラを見つめる。
「私は三国同盟の時に伝えたと思う。私がセバスティアン王を信じられず同盟を結ばなかったことを許せるか?とね。今、君の騎士団長はヴァルターを許してはなさそうだよ。だったら、もっと直接的に同盟を結ばす見殺しにした私はオリヴィアンからは許されそうにないね。」
レオポルト王は告げる
「セレンの夫になる男だ。もうわたしの家族のようなものだよ。セレンから彼の身の上を聞いて心配になって来たんだ。たしかに、これでは身内から刺されかねない。ヴァルターが守ってもらえる環境にならない限り、彼を旗頭にはできないよ」
レオポルト王は、ヴァルターはうちで面倒を見るし結婚もうちでさせると話して去っていく。
ヴィオラとアルフレードは衝撃で、でも何も言い返せない。
でも、どこかでヴァルターが迫害されるのは仕方ない。そう思っていた自分たちがいたのだ。
その場で二人とも呆然と佇んでいた。




