17 海の男の助言
アルフレードは、突然唇を奪われ、ただただ愕然としていた。
敵わない。
こんな予想外が連続するものか――政略結婚って、もっと淡々と進むものだと思っていたのに。
いや、原因は一つだ。
ヴィオラが規格外すぎる。
船に乗せたくない理由も嘘じゃない
乗れば話題は大体、女だ。
水夫たちは毎度女の噂で盛り上がり、俺はからかわれてばかり。
だが、俺の相手は姫なので深追いはされずにすんでいる。そうなると、自然と聞き役に回ることが多い。
その内容はディープすぎて...割愛する。
それでも――これは想定外だ。
「浮気がバレた」とか「奥さんとのめくるめく夜の話」を聞かされることはあっても、俺は今までに――ファーストキスを奪われ、さらに相手に「ざまあみろ」と言われた経験がある男を、見たことがない。
いや待て、そもそも「ファーストキスを奪われた男」なんて稀有な存在ではないか――!
俺はどの立場なんだ。
フォローされるべき立場か、
それとも、ファーストキスをしてしまった姫をフォローすべき立場か。
怒っている姫に言い訳はどう説明するのだ。
「本当だったんだよ、船は危険なんだ。俺は価値がないから乗せてもらってるだけだ」
なんて言っても、理解してもらえるだろうか。
今度はオレ、そんな嘘信じない!って怒られて、貞操の危機かもしれない
ぶるっと震える。
いや、もちろん嫌じゃないんだけど。
ただ、政治的な立場があるから迂闊にこっちは手を出せないだけなのに。
押し倒されるならみんな納得してくれるのか??
そして、冷静に想像してみる。
姫とはいえ十六歳、あのいい香りのするヴィオラが船にいる場面を。
間違いなく、水夫たちの妄想の餌食になる――
だから、俺は本当に彼女を水夫たちと会わせたくないだけなのにどうそれをヴィオラに伝えたらいいんだ?
俺は何を間違えた?
どうして丸め込んでるなんて思われたんだろう。
恋愛の正解は本に載ってない。
全身全霊で感情をぶつけてきたつもりなのに、結果はこれだ。
ヴィオラは違う。
オリヴィアンの姫で、いずれは女王になるかもしれない。
そうなれば、俺の役目は彼女を補佐し、守ることに尽きる。――もし俺が王なら、迷うことなく守るだけなのに。
ため息がひとつ、胸を抜ける。
こんなこと、誰に相談できる?
アルフレードは再び思案する
そうだ。提督がいる。
ダメ元で頼んでみる価値はある。
停留している船に、姫を短期間だけ乗せてもらえないか聞いてみよう――まずは安全を確保したうえで、実地で学ばせる方法を探るんだ。
停留しているだけなら、セバスティアン様も許してくださらないだろうか?
ーーー
俺は、皆がいない隙を狙ってヘルマン提督に相談してみた。
話を聞いた提督は――
「……ぶはっ、あはははははははは!!!」
腹を抱えて笑い転げた。
いや、そこまで笑うことか!?
「提督、王には言わないでくださいよ」
「言えるか、そんなもん!」
涙を浮かべながらも、やっと落ち着いた提督は真顔に戻る。
「それなら――カッターはどうだ?」
「カッター……ですか?」
「ああ。風を読む訓練になるし、陸に上がるにも必ず使う。オールを漕がせれば、どれだけ力が要るかも分かるだろう」
カッターとは、上陸の際に使ったりするオールでこぐ小型船である。
なるほど。確かに実地に近い。
「それに、お前が心配してる“男どもと一緒”って状況も少しは避けられる。俺とお前で姫を挟んで座らせればいい」
……それだ! 希望が見えた俺は一気に前のめりになる。
だが提督は、そこで渋い顔をした。
「ただな。根本的な問題がある」
「……問題?」
「ああ。海の男ってのは陸にいる時間が少ない分、すごくマメだ。久々に帰ったら、彼女に別の男ができてて失恋……なんて話はザラだからな」
「……」
「アルフレード。お前、家族のように気を遣わないことと、全身全霊でぶつかることを同じにしてないか?」
「……っ」
胸に刺さる。
思い返せば、セバスティアン王の目もあって、ヴィオラにちゃんとキスをしたのなんて――五年前、頬に軽く触れただけ。
あまりに何もないから、今では二人きりでいても侍女すら側につかなくなった。
なのに俺は――
「姫が“海に出たい”と願ってるんだ。カッターの話は俺から王にしてやろう」
「……提督」
「だが、姫との関係はお前自身が考えろ。それは、海の男でも手を貸せねぇ」
年長の海の男の助言は、波より重く胸に響いた。