168 ズレたプロポーズと守る覚悟
まさに、ヴァルターがセレンに対して、そうじゃないよねと突っ込みたくなるようなプロポーズをしていた頃
ヘルマンは部屋の中をソワソワしながら、行ったり来たり行ったり来たり。
そして、窓を見て、耳をそばだて、屋敷の中で、何の声もしないことに少し不安になる。
「あそこまで、プッシュしたんだからさすがのヴァルターでも結婚に傾かないか?それとも、振られたか?脈があるんじゃないかとおもったんだけどなあ」
唸りながらため息をつく。
結婚していない自分がいうのもなんだが、あいつは廃嫡されただけで、グリモワールの第二王子なんだという自分の価値をあまりに低く見過ぎている。
自分の血が持つ重要性を理解した途端に、自己評価が下がってしまうとは思わなかったが、セレン嬢ならほぼ同格。相手が受け入れてくれるなら、利用されることはない。
「まさかあいつが旗頭になって、ヴァルトシュタインとの戦闘に臨むことになるとは夢にも思わなかったんだよ。いや、でもこんな事でもないとあいつは生涯独身だ。俺みたいな諜報活動するならそれでもいいけどさ」
アルフレードにあれ以上負担がかけられないのも事実。
ヴィオラが二人の子と離れて、ヴァルトシュタインに行くのも現実的ではない。
王としてダメなのか?というと、利用されないように、誰かが尻尾を握っておけば、安定した世であれば、むしろ上手にほわほわと社交界の荒波をかぶっても気づかないぐらいの鈍感さと、あの不思議な魅力がある。
むしろ、魑魅魍魎とした世界で今後やっていくなら、アルフレードやヴィオラのように曲がったことが大嫌いなタイプの方が苦労するはずだ。
「だがなあ」
俺は地味に落ち込んでしまう。
どんなに王に向いてなくても、どんなにアンジェリカが命をかけてグリモワールへ連れ戻そうとしても、結局戦争に巻き込んで家督争いに巻き込ませてしまった。
(でも、俺が生きている限り最後まであいつの面倒はみるから、安心していてくれ...きちんと君の敵も討つ。ただ俺がもしかしたら...ってことはあるからな)
そう思っていたら...ドアをコンコンとノックする音がする。
うおっ!!
早い、早すぎる!プロポーズが成功していたら、今頃はイチャイチャタイムなはずなんだ!
どっちだ?
涙に明け暮れるヴァルターか?
プロポーズを断っていたたまれない気持ちになったセレンなのか?
「はい、どうぞ」
「すいません、ヘルマンさん」
セレンかぁー
ダメだったな。何がダメだったのか聞いてみよう。いや、俺は聞かなくても想像つくような気がするんだ
「今、ヴァルターにプロポーズされたんです。」
「えっ!そ、そうなのか!!」
驚くフリも必要だろう。で、何がダメだったんだ??
「いえ、そういう小芝居は置いておきましょう。ヘルマンさん。どんなプロポーズだったか、聞きたいですよね?そこまで煽ったんですから」
セレンのじと目に、俺は姿勢を正す。
最近、俺の周りにはこの手の強い女性が増えてきた気がする。
そして、セレンから一通りの言葉を聞き、俺は座っていた椅子からずり落ちそうになった。
「す、すまん。セレン。俺はヴァルターが君を気に入っていることを知って、ちょっと背を押してやったつもりだったんだが...そこまで酷いとは。ああ、戦争に行く前なら、もうちょっと鍛え直すのに。」
頭が痛い。アルフレードの初夜の儀の時も、とんでもないことをしてくれたと思ったもんだが、ヴァルターの方がもっと酷い。この兄弟なんでここまでズレてるんだ。
「いえ、いいんです。もう覚悟は決めましたから」
「そ、そうか。」
それは、愛想を尽かすよな。
俺は、自分の目論みの甘さにがっくしする。
「私がヘルマンさんに聞きたかったのは、今回の縁談の意図です。最初、ヴァルターから出自の話を聞いた時には、私の母は王の妹で王家の血を引いているし、ヴァルターも廃嫡されたとはいえグリモワールの第二王子だからだと思いました。もし、ヴァルターが、ヴァルトシュタインの王になれば、上手くいけば次の子はヴァレンティアの血も入るのですから確かにいい縁談です」
セレンはにっこり笑ったが、目は全く笑っていない。
ヘルマンはセレンに見抜かれたのだと悟った。
「そんな政治的なことで引っ付けようと思ったのは、レオポルト王と、アルフレード王、ヴィオラ女王だけですよね。もちろん、他にも問題はあるのだと感じましたけど。でも、あなたはヴァルターが政治の道具にされるだけの目的なら、きっと私との縁談は大反対したはずです。」
「もちろんだ。任務中の君とヴァルターの仲をみて、お互い持っている傷を受け止め合える関係だと思ってだね...」
「ヘルマンさん、相性は見ていたと思います。何度も交際しないかと言ってましたし。でも、急にこの話に乗り気になった一番の理由は、私の父がヴァレンティアの騎士団長だからですね。」
セレンは俺を瞬きもせずじっと見つめた。
俺が何が言い逃れしようとしたら、逃さないというように。
「ヴァルターは、グリモワールの騎士団やオリヴィアンの騎士団から守ってもらえないんじゃないかと思ってるんじゃないんですか?彼は、ヴァルトシュタインでの戦闘で、本当に孤立無援の状態にあるんですよね」
俺はため息をついた。
やっぱり、セレン嬢はヴァレンティアで評価されなかっただけで本当は鋭いな。
「そうだ。君には悪いが、俺はヴァルターを守るためだったらどんな手でも使おうと思った。君の父上は騎士団長ならばこの話に縋りたいと思った。あいつ自身、いつ死んでもいいような投げやりになっているところがある。それに加えて、ヴァルトシュタインの王になる話が、アルフレード王から提案されたんだ。」
俺は、セレンの目を見て話すことはできなかった。
彼女を利用しようとしたことに違いはない。
だが、責められるのは自分だ。ヴァルターではない。
「あいつの性格的には、王は無理だと思ったが、現実的にでは誰がやるんだと言われたらあいつしかいなくてね
だが、いざ旗頭にヴァルターがなると思うと...
グリモワールの戦争や、オリヴィアンが占拠され、王や王妃が死んだ理由はヴァルターのせいだと両国の騎士団は思っている。今度の戦いであいつを本当に守ろうとしてくれる人がいない。下手をすると味方に狙われるのではないかとすら思っている。ジュリアンを倒せば、別にアルフレードかヴィオラが王でもみんなは構わないんだ。
でも、君と結婚したら、君の父上は、娘の夫を守るために動いてくれるだろうと思ったんだ。」
俺は、がっくりして肩を落とした。
口にしながらも、俺は酷いことをセレンに伝えている。
セレンは、やっぱりそうなのね...とつぶやいている。
「わかりました。父にヴァルターとの結婚と私が騎士団に所属して彼を守ることの両方をお願いしに行きます。」
その言葉にえっ!と俺は顔を上げる。
セレンは、穏やかに頷いていた。
「あんな困った人、ちゃんと尻尾を握ってあげないとまた、利用されちゃうし、一人に出来ないじゃないですか。あ、でも、まだ、プロポーズ受けてませんから。もうちょっと悩ませることにします」
そういって笑顔を見せられると、俺は申し訳ない気持ちになった。
「ヴァルターを、よろしく頼む」
俺は深々と頭を下げた




