162 女王の叱責
「帰ったら、ヘルマンとヴァルターをとっちめてやるわ。私のアルフレードを傷つけるやつは許さない!!」
そう思っていたのに——まさかのセレン嬢を連れて帰ってくるなんて。
事情を聞いているうちに、怒るタイミングをすっかり逃してしまった。
きっちり、レオポルト王の推薦状をもらって、セレンは海軍で炊事担当となる。
しかも、女性の一人暮らしというわけにもいかないから、ヘルマンの邸宅で面倒を見ることに。
……もはや結婚してるようなものじゃないの。
セレンとヴァルターをそれぞれ客室に案内したあと、ヴィオラはヘルマンを執務室に呼びつけた。
ヴィオラの笑みはやけに穏やかで——その分だけ、怒気が滲んでいた。
「これでも提督だからな。それなりの広さの家だ。使用人もいるし、安心したらいい」
ヘルマンは言い訳のように笑う。
だがヴィオラは眉を上げた。
「そうだけど……それこそ、もしヴァルターとうまくいかなかったらどうするつもり?」
「うまくいく!……と思う。外堀も埋めた。ヴァルターは心に傷があるから、自分と似たタイプに共感を覚えるんだ。セレン嬢もかなり拗らせてる」
拗らせてる同士をくっつけようって?
ヴィオラは額を押さえた。
「そうそう、拗らせてると言えば……うちの拗らせてる愛する夫をあなた、傷つけたわね?」
ヘルマンの表情がわずかに固まる。
思い当たる節があるのだろう。何か言いかけた瞬間——
「ヘルマン!」
ヴィオラの声が鋭く響いた。
「アルフレードの小さい頃からの苦しみを見てたわよね? 人質でやってきて、一人孤独で頑張って、自分を害し捨てた国に命までかけて、いらないと言われても王にもなって!
ヴァルターが辛いのは分かる。でもアルフレードだって、ずっと我慢してきたの。彼が唯一、手に入れたのは“家族”なのよ。
その家族と暮らせないからヴァルターに頼んだの。向くとか向かないとか、やりたいとかやりたくないじゃない!
私たち、この血が流れている限り逃げられないのよ。——やりたい奴がやるわけじゃない。適性があるからやるんじゃない。腹を括るしかないの!」
吐き出すように言い切ると、空気がぴたりと凍った。
その声に押され、ヘルマンは口を噤む。
部屋に響くのは、二人の息だけだ。
ヴィオラは拳を握りしめたまま、ゆっくりと息を整えた。
彼女の瞳にはアルフレードへの愛情と、アルフレードにまだ困難を押し付けようとするものへの怒りが混ざっている。
「アルフレードは、昔から相手の理不尽を受け止めてしまうの。私、十二歳の彼が理不尽に耐えていた時に、この国で私だけでも彼を守るって決めたのよ。」
その声に、ヘルマンは小さく目を伏せた。
彼女の気迫に圧されて、喉の奥で何かが詰まる。
息を飲んで、唇を噛んだ。
「……だが、すでに適性がないことで利用されてヴァルターも傷ついている。そして、それに絡んで死者も出ている」
「アンジェリカ王妃とクレア王妃が死んだのは、ヴァルターを利用しようとしたツケよ。それは仕方ないわ。
そして、私の父母、グリモワールやオリヴィアンの国民が死んだのはジュリアンの独裁政治のせい。ヴァルターとは無関係よ。同じ時期に起きたから混同してるだけ。別の話だわ」
そのことは、ヴァルターをオリヴィアンで受け入れた時に、家臣たちに口酸っぱく伝えてきた。それでもヴァルターへの冷たい目があるのは知っている。
ヴィオラは一歩近づき、目の前で腕を組む。
アンジェリカに負けない迫力だとヘルマンも息を呑む。
「ヴァルターの面倒を見ているあなたが混同してどうするの? ヴァルターは、アルフレードに“王になるけど、中身を考えてくれる人を準備しろ”なんて言ったのよ。
私からしたら、そんなこと言ってるから利用されるのよ。そこを正すのがあなたの仕事で——頑張り過ぎる夫に喝を入れるのが、私の仕事。」
ヘルマンは苦笑とも溜息ともつかぬ息をこぼした。
「……耳が痛いな」
ヴィオラは、ふっと表情を緩めた。
ほんの一瞬、女王ではなまだ姫だった頃の名残がある。
ヘルマンはその変化に息を呑む。
五年前、涙に暮れていた少女はもういない。
今目の前にいるのは、王妃として、妻として、そして母として、誰よりも強く立つ女だ。
「……誰しも、向いてないところから始めるものだな」
ヘルマンは静かに呟いた。
ヴァルターが王には向いていないと命をかけて連れ戻そうとしたアンジェリカや諦め顔のエドガーの顔が浮かぶ。
そして——船酔いに苦しみながらも王になった男、アルフレードの少年だった頃の姿が重なった。
二人も王になれるのか?と思ったし、言われてきた。それでも王として頑張っている。
自分もまた、王にはなれないと、ヴァルターの可能性を潰してきた一人かもしれない。
胸の奥に、鉄のような苦味が残った。




