154 風紀の檻
「やっかいだな。貴族の社交場や娼館を巡ろうかと思ってたんだが、風紀関係がみんなアウトだ」
「娼館の営業を停止したら、それこそ犯罪が増えるんじゃないか?」
「やめろと言われても、結局王都以外の目が届かないところでやるだろうな。ただし、監視があるだろうから近寄りにくい」
ヘルマンとヴァルターの会話を、セレンは真っ赤になって聞いていた。
「あの、わたしは娼館は無理だと思うの。男性経験もないし」
セレンは、あわあわし始め、慌て始める。
「当たり前だよ」
二人の声が同時に響く。
どうやら、自分が娼婦になって、客から聞き取らなければならないと思ったらしい。
「でも、わたしが役に立つことって何があるかしら?」
「たくさんあるよ。ヘルマンと二人でいなくていい。それだけで俺は最高だよ」
「ヴァルター、それはなんのフォローにもならないわ」
セレンは、ヴァルターのフォローに期待した自分が情けなくなる。
ヘルマンはため息をつく。
「王城に物を売りにいくか。使用人たちの反応がわかるかもしれない。ヴァルター、お前は留守番だ」
ヘルマンの提案に、ヴァルターは頷く。
王城の使用人にも顔が割れている自分が出入りするわけにはいかない。
かと言って、一人捜査するほどのスキルと防御する腕がない。
セレンは、自分が女で行き遅れで役に立たないと思っているかもしれないけど、俺なんて、役に立たないどころか、疫病神だからな。
「わかった。じゃあここで待っとくよ」
ヴァルターは頷いた。
ーーー
セレンとヘルマンはヴァルトシュタインの王城に行商人として入る。
事前にオリヴィアンへの亡命希望の貴族たちから、貴族の紹介状をもらい、行商登録や商品の準備をしておいた。
裏門の搬入口から荷馬車で入り、酒や穀物などを中心に王城に入れていく
「初めてな顔だな」
料理人が声をかける。
「はい、こちらの国では需要が高いと聞きまして、都市国家経由で持って参りました」
ヘルマンはぺこりと挨拶をした。
「そうなんだよ。もう船便も前ほど出てないし、貨幣の価値が三国と比べると落ちてしまってる。うわあー!オリヴィアンワインか。欲しいけど、王は飲まないな。」
「そうでしたか。王はどちらのものを好みますか?」
「最近はヴァルトシュタイン以外はダメだ。意固地になって、他の国のものは食さない。」
「おや残念。国内で全てを賄うのはなかなか大変ですな」
そう言っていくらかヴァルトシュタインで準備したものを購入してもらう。
ちらっと厨房の中を見るが料理人は、王城に勤めている数とは思えないほど少ない。王専用か?他国とのやりとりや客もいるだろうに?
そんな様子を見て料理人が、苦笑いしてため息をついた。
「ああ、前王妃のクレア様の息がかかった人はみんなクビになったからな。客も来ない。王の料理を作るのみだ。俺は前の王のグスタフ王に雇われたから大丈夫だったけどな」
「前王妃様のご紹介の方がおられたのですか?」
「そうなんだよ。でも王の妹姫を刺し殺した罪で断首刑になった。そりゃ毒でも入れられたらと心配するからクビにするのは当然だが、その数が多かったんだ。」
ヘルマンはアンジェリカの遺体を思い出す。
ーーー冷静になれ、失敗はできない。
一息つき、再び質問する。
「へえ。大変だったんですね。侍女たちにも商品を持ってきたんですよ。おしゃれな布地や貴金属はどうでしょう?」
セレンも通りかかった侍女に声をかける。
だが
「行商さん、ここは無理よ。少しでもおしゃれしたら色気付いたと言われかねないわ。昔は箔をつけるために王城に勤めたもんだけど、今はわたしみたいな行き遅ればかりよ。あなたもどう?」
「....いえ、わたしは行商ですので」
セレンの顔が硬くなる。
それを見てヘルマンが話をつなぐ
「あなたみたいな魅力的な方ばかりなのですか?もったいない。さすが王城のメイドは気品あふれる方ばかりだと感じておりましたのに。」
そっとヘルマンが距離を詰める。
だが
「ダメよ。王に誤解されたら、クビが飛ぶわ。行商さん、悪いことは言わないわ。この街で色恋はダメ。おしゃれに見せることもダメよ。王城で男に色目を使った侍女はみんなクビだし、それが既婚者だったら投獄よ。私もう行くわね」
さっと距離を取られて去っていってしまう。
ヘルマンはため息をついて、セレンに去ろうと声をかけ立ち去ろうとすると呼び止められる。
「おい!そこのもの止まれ!!」
ドキッとして後ろを振り返る
「なんでございましょう?」
そこには近衛兵がいた。
「お前たちどういう関係だ?」
「父と嫁の関係です。夫は体調を崩して宿におります」
セレンはその緊張感に震える。
「距離が近くないか?」
ヘルマンとセレンは顔を見合わせ、眉を顰める。
「重い荷物を運びますので、多少の距離はご容赦ください」
兵は更に寄ってくる。
「最近は、偽装夫婦もいるし、息子の妻だろうと手を出す奴もいないとは限らんからな」
偽装夫婦という言葉にドキッとする。うちは偽装家族だ。
だが、ヘルマンはとんでもないとばかりに首を振る。
「どこの国のものだ?」
「都市国家のフィレンタです。商品を見ていただければと思い、紹介で参りました」
紹介状を兵に見せると、偽物ではないことを確認して返される。
「よい。王は王城や王都での風紀の乱れをとても気にしておられる。気をつけて国内では過ごせ」
「わかりました。ご助言ありがとうございます」
ヘルマンとセレンは荷馬車に乗り、王城を後にする。
ついてきているものはいないな。
ヘルマンは後ろや周囲の襲撃はないか気を配る。
しばらく無言で馬車は走り続け、ふーっと息を吐く。
「私と同じ行き遅れが多くても、この国の緊張感で暮らすのはちょっと無理だわ」
「侍女に近寄って避けられたのは初めてなんだが...」
二人とも呆然とする。
ヴァルトシュタインはおかしい。
いや、ジュリアン王はもう精神的に崩壊しているとしか思えなかった。




